絶望の正体と月の関係

癒されたいと願う私と癒される私を別物に

認識して扱わなければ、泥水という嫉妬や

憎悪からいったん出て、体を洗う、心を

癒すという過程に入っていけないと

書きました。

簡単に例えると夏休みの宿題をしなくては

いけないと思う自分と、なかなか取り掛かれない

自分は異なっているということです。

なかなか取り掛かれない自分に、何とかして

宿題をさせるのが癒しです。

頭では、自分でやるべきと思っていても、

早く済ませた友人の宿題を写してしまう

かも知れませんし、現代なら代行業者に

片付けてもらうかも知れません。

問題は、なぜ本人が気の進まない宿題を

やらねばならないのか、ということです。

それは宿題をやるように求められる立場

だからです。

当たり前のように感じられるかも知れませんが、

人生は、この連続です。

常に誰かから何らかの役割を求められ続けます。

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そして、自分の価値を証明するために、常に

その役割を自分のように扱わねばなりません。

NHKのプロフェッショナル仕事の流儀の

登場人物は、自分に求められた役割に対して

仕事に同一化していった人たちばかりです。

良い仕事をやらねばとか、やりたいと考える

自分とまだそれが出来ない自分との葛藤も

頻繁に描かれます。

そしてやがて一流と呼ばれる存在になった

人たちばかりです。

それは、顧客や関係者から宿題を突きつけられ、

何度でも自分を新しくバージョンアップする

過程の繰り返しです。

プロフェッショナルの人たちは優秀ですから、

そのような過程が、最初は苦痛であっても

取材されるような段階では、それらを

乗り越えてしまっています。

しかし、普通の人は、求められた人物像に

なることに一定の苦痛、ストレスを感じますし、

どんなに一生懸命に応えても、生きている限り

それが果てしなく繰り返されることに

絶望を感じるのです。

このような絶望が根底にありますが、これは

ある意味客観的な世界です。

平面な月のある世界です。

これそのものが、絶望ではありません。

私たちが現実に感じる絶望は、このような

果てしなさから逃れられるであろうと

思って努力していた手段が砕けた時です。

果てしなさから逃れないと気が付くからです。

愛が全ての希望を開くと思った人、

自分の能力次第と思った人、仲間がいればと

思った人様々ですが、どれも完全な

答えではありません。

よほど前向きに捉えなければ、このような

構造は、人の心を繰り返し傷付け続けます。

ですから、都度都度癒さないと、とても

耐えられません。

癒すのは、月のように根本的な部分ではなく

金星を使って楽しむようなことがメインに

なります。

金星ですから、休日にお金を使って素早く

楽しむというスタイルになりがちです。

何はともあれ、上手く癒されなければ

気持ちの中で次第に自分の連続性が

切れ切れになって、エスカレートすると

バラバラになってしまいます。

このバラバラになった状態が苦痛の正体です。

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生まれつきの月に状態によっては、

元々バラバラ気味の人もいますから

そのような人は、自分を立て直した上で

上記したような、プロセスに参加して

いくことになります。

バラバラ気味な自分を維持する作業と

絶えず変化する他人から望まれる役割によって

バラバラにされる作用の両方に力を

振り向ける必要があるのです。

そのような構造を考えると、人の心が、

上手くまとまっているのは、自然なこと

ではなく、とても特別なことです。

癒し自体は目的ではありませんが、

誰かから果てしなく求められることの繰り返しに

対して、何とか自分の価値を証明しながら

上手く自分をまとめていくには、

様々な角度からの癒しが必要になります。

月は様々な天体のエネルギーを受けますから

最低、月のコンディションはよくしておかないと

木星から金運を得ても、体を壊して出費とかに

なりかねません。

金星がもたらす楽しみも、心身ともに健全で

あってこそのものです。

生きている以上、つきまとう果てしなさは、

太陽サインが示すような、自分の役割に

目覚めれば感じ方はかなり変わってきますが、

そのような気付きを得ている人は、自分を

癒すことがとても上手です。

頑張っている限り、心に付く傷と癒しのバランスを

月のハウス、月のサイン別に具体的なアイデアを

考えていけたらと思っています。

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