死の恐怖と生きる恐怖が生み出す自分の正体

死の恐怖は、自分の思いが満たされないまま

自分の生を終えることの虚しさも含まれる

かも知れません。

翻って、一生懸命に生きても、自分を

満たすことが出来ないかも知れないという

恐怖です。

しかし、自分を満たすということの主体の正体は

何でしょうか。

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金銭という社会的な価値を否定せずに

五感を通して感じる快楽も否定せずに

素直にその奥にある望みみたいなものは、

死を垣間見るような瞬間に感じる

ものかも知れませんが、そんな危機はなくても

何かに感動した時に脳裏に広がるイメージも

同じような価値があります。

そのようなイメージを生きている間に

出来る範囲で追いかけられれば、

良いのではないでしょうか。

それがたとえ、自分が感じている大切なものと

比べると、まるで質の悪いコピーのように思えても

頑張って実際に手にしてみると、

温かみのあるかけがいのないものです。

それでも儚く頼り無くて、少し寂しさを

感じるかも知れませんが、

だから美しいのです。

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