虐待と幸福の関係

虐待を受けると幸せになり難い理由は、月の扱い方が

おかしくなるからです。

月は、体と心を繋ぐ天体ですが、体はともかくも

心ってなんでしょう?

本当のところ心のことなんて誰にも分かりません。

ここまでが自分の心で、どこからが他人の心と

区切るどころか、自然界の様々なものの影響が

流入してくる側面もあります。

自分の心と言っても、自分で何とか

出来るものではありません。

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心が空っぽになることもありますから、心はただの

部屋や街や国みたいなものであって、そこに

住んでいるのは別の存在かも知れません。

普通の言葉で言えば、気持ちです。

虐待とは、様々な暴力的手段を用いて、心から

その人の気持ちを抜き去り、虐待する人間の

ゴミ箱にすることです。

身体から心を抜き去って、その体を濫用することです。

気持ちは心よりも、もっと厄介で変化することが

著しくて形容のしようもありません。

心という枠と気持ちと言う中身のセットを

私たちは心と呼んでいるかも知れません。

占星術的には、月の部分です。

前置きが長くなりましたが、月はこのように

独自のルールで動いています。

霊的に考えるとルールが崩壊している部分もあって

月は、不思議なバランスをとりながら

太陽を始め、他の天体と調和を図ろうと

頑張っています。

この調和の産物が幸せと呼ばれるものです。

願いが叶うということは、傷付いた月の穴埋めを

することで生まれてくる副産物みたいな

側面があるのです。

虐待されて育つと自分でも自分の月を同じように

扱ってしまいます。

ややこしい月と調和を図ろうとするよりも、

月の扱い難さにたいしてイライラしたり、

無力感に襲われたり、月に対して暴力を

働いたりします。

それは、暴飲暴食、自傷行為等、もっとハードな

こともあります。

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自分の月が欲するものを与えることでつかめる

幸福感があるということの体験が少な過ぎて、

幸福を得ることと反対のことばかり

し易くなるのです。

月に合わせていたら、思った通りに物事は

進みません。

そのような部分も合わせて飲み込んで、大きく

願いを叶えていくことを愛と言います。

虐待されて育っても、自分の月を見つけて、

適切な扱い方をすることでいくらでも

修正は可能です。

一番簡単な方法は、自分の月と相性が良い人の

手助けを借りることです。

自分一人で頑張るよりも、爆発的に成長出来ます。

大切なことは、そのような相性の人であっても

絶対ではないと知ることです。

一緒に居てくれる時間を永遠と思わないことです。

一方的に与えられる関係は、いつか必ず終わります。

本当の愛は、良い意味で似たもの同士の助け合いから

始まる共犯的関係です。

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