前世の記憶と日常の関係

前世に関心を持つ人もいますが、魂から記憶を

呼び戻しても、現実に対して利益になるよりも

かえって、混乱するだけです。

確かに、そのような記憶の断片には、意味が

ありますが、その意味は、かなり精神的な

ものであって、日常的なものとは

異なります。

仮に、記憶の一部を受け止めたとしても

その記憶に表れる一つ一つのものは、

現在のあなたが解釈する意味とは、異なります。

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それは、魂が経験したエッセンスであり、

私たち自身が、観ているそれは、ある種の

ファンタジーでしかあり得ません。

肉体を持った現実の私たちは、DNAの延長にある

環境に閉じ込められた状態が作った自我です。

これを無視したら、私という存在に対して

何も責任が持てなくなります。

前世の記憶は、魂が何を望んだのか、

望んでいるのかという視座であり、

あくまでも非現実的な観念です。

それは、生きられるはずの人が、死んでしまうほど

精神的に参ってしまっている時、何かの拍子に

一気に自分の全体性を取り戻すための幻想として

有益なものであって、日常でコントロールするような

ものではありません。

言い方を変えれば、私たちが調子よく生きている時は

魂の幻想の中にいる状態です。

幻想に気付かずに、羊水に守られた胎児のように

幻想という空気を吸いながら精神的な活動を

しているのです。

繰り返し見る夢は、その入り口になり得ますが、

時間とエネルギーを割いて覗き込んでも

やがて帰る時が来るのですから、今しか

出来ないことに集中した方が良いかも知れません。

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