嫉妬や憎悪から生まれる幸運の卵、その7(誕生)

嫉妬や憎悪から生まれる幸運の卵、

その6(運命の相手)の続きです。

そもそも水路は、一つの大きな水の塊

だったものが、細分化されバラバラになり

区切られて閉じ込められたものです。

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それぞれの水系が島のように孤立していますが、

嫉妬や憎悪から抽出された言葉の欠片たちは

意味を持たないレベルで、毛細血管のような

隙間を通り抜けて、異なる水系に移動が

出来ますから、どのような水系を入り口にしても

必ず全体性を取り戻すことが出来るのです。

一つの水系である水路をコントロールしている

濾過するものは、一つ又は多くても幾つかの

正義もしくは真理だけを強く信じていますから

融通が利きませんが、夜な夜な迷い込んで来る

人間たちが回復しなければならない全体性を

補う意味を作り出す言葉の欠片は、自由に

あらゆる水系を移動出来るのです。

ですから、それぞれのエリアにいる

濾過するものたちが、ひたすら同じことを

繰り返していても必ず上手く癒されますし、

同じことを繰り返すことが大切になります。

濾過するものの誰かが、その務めを果たせなければ

必要な言葉の欠片が生成されずに、

回収されないことになります。

このように書くと、まるで私たちの意識は

母親を見失った幼子のように思えるかも

知れませんが、全体から、ある一部の要素だけを

取り出して、偏って孤立した状態にあるからこそ

自律的に運動を始めるのです。

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もし全体性を回復した状態で地上に生まれても

満たされているので、何も求めないことになります。

何かを求めて、それを得て、全体性に持ち帰るために

孤立した状態で地上に産み落とされたという

言い方も出来るのです。

このような理由で生きることは、本来、

大変なことです。

帰る当てのない旅に出されたようなものです。

全体性の中にある本来の自分の意味と

似たようなものを求めて地上で

努力することになります。

扱うテーマによっては、本当に命懸けの人も

沢山います。

蠍座的に逃げられない惨めな境遇で真理に

目覚めるような体験を迫られる人もいます。

それでも人は、新しい意味を自分に付け加えることで

新しい価値を全体性に持ち帰るのです。

安定した全体性に閉じ込められた状態は

ある意味で闇と同じです。

そこに持ち帰られる新しい価値は、光のような

役割を果たします。

偏った意識として、孤独な存在として

生まれ落ちた私たちは、完全な安らぎの代わりに

不完全な親によって、育てられます。

育てる方も育てられる方も偏った意識ですから

家庭さえも、新しい価値をつかみ取る創造の場

であって、安らぎを保証されたものではありません。

このことを、どのように評価するかは、別として

自分たちの家庭を持つことで、より新しい価値を

作り出す場に特化していくのです。

ですから、恋愛や結婚は重要な役割を果たします。

両親が作った家庭は、両親の価値に

相応しいものです。

その動機も、目的も本当の意味で理解することは

誰にも出来ません。

それくらい、それぞれの意識には偏りがあるのです。

嫉妬や憎悪から生まれる幸運の鍵、その8に続きます。

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