ある意識と無意識の接点(あの子)

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意識と無意識の接点である

水の世界の入り口の光景の一つです。

ここから続く先にバーバラという

嫉妬や憎悪を濾過する者が住んでいて

言葉の欠片を運ぶ無数のメダカたちが

泳いでいます。

ビジョンなので、詩のような形式に

なっています。

このような光景は、素早く書かないと

消えてしまうので、詩のような形が

向いていると思います。

この光景を見ているのは、「いもりたけとし」です。

これは、私のスピリチュアルな世界の入り口です。

自分自身のスピリチュアルな世界に繋がるには、

自分を失わずにイマジネーションを広げる

ことが必要です。

私はこの世界から答えを引き出します。

誰かの参考になれば幸いです。

№6、メダカたちの世界の続きです。

№7、あの子

メダカ一匹で意味のある言葉を運ぶことは

無理だった。

小さなわたしたちは、単語すら運べなかった。

限りなく分割された文字の一部を運んでいたから、

音さえも響かなかった。

運ぶ順番を間違えれば意味をなさなくなるから、

わたしたちの行動は操られると

言っても過言ではない。

わたしたちの意識の片隅に男女の別は

あったけれども、泉の中で言葉の欠片を運ぶ

わたしたちには雄雌の区別はなかった。

唯一の違いは身体の形だけだった。

身体そのものが、文字の一部を運ぶ器だった。

それぞれの集団が一つの文字になり、

更に大きな群れとなって意味になった。

それぞれの命自体が泉の記号とも言えた。

泉の世界を創り出している思念を

無限に拡張するようにメダカたちは、

泳ぎ続ける。

実際は美しく均等に太った女の思いを

映し出す鏡なのかも知れない。

再生と破壊、出会いと別離を繰り返しながら、

泉の世界を支え続けていた。

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美しく均等に太った女は、異なる形の命を

巧みに導くことで、世界を更新し続けていた。

まだ形しか個性のない小さな命は、

美しく均等に太った女の自我に

従うことで秩序正しく調和していた。

自分という意識が限りなく希薄な

小さな命も亡くなったり、

言葉の欠片を運ぶ過程で融合して

離れられなくなってしまう

者たちもいた。

それは泉の世界に入口と出口があることや

様々な種類の水路があることを意味していた。

より複雑になることで、少しずつ命は違う意味を

抱える場合もあったし、より別れていくことで

異なる命が目覚めることもあった。

しかし小さな命も一方的に

操られているわけではなかった。

そのような出口として僕はこの世界に

招かれたのかも知れない。

イモリの姿をした存在は、僕しかいなかった。

全てが同じように見えるメダカたちの中から

無意識にあの子を見つけ出そうとしていた。

あの子って誰だ。

№8、「記憶の中のあの子」は、こちらです。

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