絶望を癒すことと赤い糸

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その人が挫折する前に、絶望する前に、

何もかも諦めてしまう前に、

何とか出来ないものだろうかと思って

赤い糸について考えています。

愛があると思えれば、日常の意味がまるで

異なるからです。

しかし、一口に愛と言っても

親に幼児的依存心を踏みにじられたり

幼児的依存心を利用された人と

それが満たされて育った人では、まさしく

天国と地獄ほどの違いがあります。

赤い糸が赤い糸足り得るには、

そういった違いもフォローする必要があります。

金星を赤い糸の入り口として扱うならば、

まずは金星が充実する必要があります。

もっと言えば月が傷んだような状態のまま

救済として愛情を求めることは難しいことです。

本来親からもらえるはずの無償の愛は

何か他のものでどうにかなるような

そんな軽いものではありません。

愛情に欠落した感覚がある人と普通に満たされた人の

赤い糸を一律に考えることは不可能です。

完全な愛などありませんが、健全さを

喪失しない程度に必要な愛が満たされた人は、

少ない葛藤で赤い糸は見つかります。

この国は、自殺未遂をする人が年間約53万人

いるということは、死にたいと思う人は、

その4倍、5倍はいるかも知れません。

自分自身の健全さを保つバランスが境界線上

ギリギリにあるような場合は、

月をケアすること、金星を満たすことは

赤い糸に必須です。

そこまで含めて赤い糸を考えないと

意味がないと改めて思いました。

頑張っている人が、愛を期待して、

何らかの救いを期待して

我慢して頑張り続けた人が

絶望したり、努力が無駄だったと思うことが

ないように、せめて最終的に報われるように

生まれて来て良かったと思えるように

死に際で帳尻が合うように願います。

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