本当の癒し

私たちは幾つかの自分の要素を生かしながら

生活していますが、愛されるため、若しくは

仕事のためにと抑圧される部分もあります。

ある部分だけ過剰に使われる場合もあるでしょう。

近代以前、地域によっては、百数十年前くらい迄

神様に対し動物等の犠牲を捧げて豊作や降雨を

祈る習慣が日本にもありました。

それ以前は、人身御供、つまり生きた人間を

神様に捧げていたのです。

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非常に血生臭い話で、神様がそのようなものを

本当に望むのかと考えるかも知れませんが、

理解が及ばない不安に対して人は、何かしら

犠牲と引き換えに何とかバランスを

取れないものかと考える傾向があるのです。

受験生でもこれだけ頑張ったからとか

社会人であっても長時間会社に留まるのは

合理性よりも不安を鎮めようとする側面が

強いかも知れません。

自分のホロスコープの中で、犠牲になりがちな

部分を見つけて救済することは、合理性に欠く

暴力性から解放してあげることと

同じかも知れません。

これは単なる癒しと違って勇気がいるかも

知れませんが、格段にすっきりとするはずです。

なぜなら無意識に涙や血を流し、うめき声を

あげている自分を救済するのですから。

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