心の闇の潜在的な価値

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心の闇が出来上がる大元には、ある種の偏りの 存在あります。 その偏りが天然なのか、虐待や病気、事故等の 傷によるものなのかは、それぞれですが、 偏りがきつければきついほど、真面目になれば 自己中心的になります。 真面目になればというのは、心に闇のある 人間の視点です。 自己中心的というのは、第三者の視点ですから、 心の闇が作り出す自己中心性と言う問題は ある意味成立しません。 ある個性を持った人間と一般的な基準において 普通に振る舞うことが可能な人間の戦いです。 集団は基本的に蟹座社会ですから、何らかの 特異性は破壊されます。 繊細なはずの蟹座の闇の顔は、従わないものを 集団で破壊する性質です。 心の闇の理由が何であろうと蟹座社会は、自己中心的な タイプを親切な顔で、もしくはヒステリックな 表情と共に破壊します。 しかし、心の闇が深ければ深いほど普通の意味が 感覚的に理解出来ないのが、当然です。 そのようなタイプが自分自身の正義感に正直に 生きれば大変なことになるでしょう。 何を持って普通とするかは、ここでは考えませんが 心に闇を抱えているかも知れないと思うタイプの人は 自分自身は、自己中心的な価値観を持ち、周囲の 人間の目にそのように映っていると定義して 考えてみると、様々なことが理解出来るかも知れません。 理解すれば、同化を求めてくる圧力に勝つことも 出来るかも知れませんし、同化してしまっても構いません。 全くの自由意思です。 理解したつもりで怒りに捉われている場合は、 残念ながら理解していないことになります。 本来、心の闇は闇ではありません。 個性であり、センスです。 心の闇を自由意思に委ねることが出来たならば それはある種の魔法を手に入れたことと 同じかも知れません。 有効利用可能な資質の一つです。

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