太陽サインで作る安心感

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異性からの愛というよりももっと大きな愛で

包まれているような根本的な安心感は、

エゴを満たすことや目標の達成とまるで

関係がありません。

人は何かが得られると思うと欲が出て

無理なことをしがちですが、挑戦や冒険をせずに

ぼんやりと身の丈に合わせて生きれば

安心というわけでもありません。

実際に健全な精神にとって退屈さは拷問に

近いものがあります。

矛盾した要素のないネイタルホロスコープは

ほとんどないと思うのですが、その矛盾に

答えがあります。

安心感とは意識と自分自身の関係性の問題です。

例えば、好きな人との相性を気にし過ぎて

発想が逆転してしまい、自分と相性の良いタイプを

最初に確かめる人がいます。

究極に矛盾のない相手は御自分じゃないですか

ということになると、そういう人に限って本当は

自分のことが好きでなかったりします。

人の意識は不思議なもので、ちゃんと自分自身を

認識出来ないと不安になるように出来ています。

意識は言葉に騙されて何が本当かも分からずに、

地位や権威が提示する物差しを自分に当てはめる

だけでなく、根拠の無い噂話にまで振り回されて

消耗したりします。

本当の自分をギュッと凝縮すると月のサインかも

知れませんが、ホロスコープ全体と環境の関係性

という曖昧な境界線まで含めて自分です。

ですから何かしらの体験を通して本当の自分に

少し気が付いたりしても人かなり感動します。

それは、魂がその人の意識に「正解だよ」と

伝えているのです。

無理と頑張りの違いもここにあります。

この正解を増やしていく努力は、行うほどに

エネルギーが湧いて来て活力が増しますし、

休むべき時に休めるようになるので、その人特有の

命のリズムに合うようになっていきます。

それと同時に安心感も増していきます。

それは自分の意識がどんどん本当の自分に

フィットしていくことから生まれるものです。

ネイタルのホロスコープに表れている要素は

実際の身体に入って感じますから、遺伝的な要素は

かなり大きな働きをします。

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ホロスコープの感受点の意味を確かめるにしても、

自分の身体を通して合致するポイントを

探らないといけないのです。

ですから書店に入ってふと手に取った本を読んで、

本能的に進路を決めることだって出来るのです。

それは筮竹を用いない易断のようなものです。

月は生まれ落ちた環境との関係性が全てなので、

修正をするのは難しいですが自分に対する正解を

増やしていくことは自分の意思で出来ます。

本当の自分を丸め込むのではなく、意識は

そのように用いるのが正しいのではないでしょうか。

生まれてから死ぬまで本来の自分を取り戻す立体的な

ジクソーパズルをやっているのかも知れません。

ネイタルのホロスコープに矛盾した要素があるから

こそ、その努力に価値があるのだと思います。

月が弱くても太陽サインを通して根本的な

安心感を得ることは可能です。

月が多少歪でも人比べて不幸そうに見えても、

それに馴れると安らぎに感じてしまいます。

そのような資質が現実の不幸に結びつかないためにも、

太陽サインが示す理想は目指しても目指さなくても

良いような単なる理想ではなく、意識が作り出せる

安心感でもあるのです。

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