狂気から救ってくれる相性と第9ハウス

愛と一口に言っても様々なものがあります。

その人が狂気に陥らないために必要な愛もあれば、

嫉妬や憎悪に捉われて絶望しないために

必要な愛もあります。

それは子供を支える母親の視線です。

誰かに見守られているからこそ、子供は自分という存在を

認識出来るようになります。

このまなざしが無ければ、人は、ばらばらなままです。

この「ばらばら」という感覚が改善されないままだと、

何をしても楽しめなくなります。

愛は、ばらばらな状態を、それなりに、まとまった状態に

してくれる作用を持つとも言えます。

母親を見失った幼児が火が付いたように

泣きじゃくります。

それは自分自身で自分の存在をまとめ上げられない

根源的な不安です。

大きな地震で地面が揺れた時に感じる

言いようのない不気味さと同じかも知れません。

根本的なところから切り離される感覚を思い出させる

のかも知れません。

私たちの心は、意識しなくても、母親のまなざしに

支えられてまとまっています。

しかし現実の母親が俗に言う毒親であれば、

拒否しなくてはなりません。

それでも、まなざしまで捨ててしまうと、人は、

ばらばらになるので、毒親でも感謝しなさいと

教えられるのです。

現象面の母親がどんなに虐待し犯罪的であっても

容易に母親を切り捨てることが出来ない理由は、

切り捨てようとして起こる罪悪感は、

母親のまなざしに変わるものが無きに

等しいからです。

ところが稀に母親のまなざしを考える時に

検討する第9ハウスのサインと同じ太陽サインの

パートナーと結婚する人もいます。

自分自身の第9ハウスのサインが水瓶座であれば、

太陽サイン水瓶座のパートナーと結婚する

ということです。

ある方の母親の母親、つまり祖母は、

自殺してしまいました。

そのことでその方の母親家族が被った不利益は、

経済的(賠償)にも、精神的にも計り知れないものが

あったそうです。

その不利益についてのフラストレーションを

その方の母親は新聞の投書欄に投稿して

掲載されたことで大問題になったことが

あったそうです。

身内の不祥事を新聞に晒すことは非常識

極まりないことかも知れませんが、

それは地のサインの考え方です。

特に水瓶座的価値から考えれば非常識な

手段ではあるけれども自分に起こっている

自分の責任ではない問題について

その存在を告発し、白日の下に置くことで

明らかになる構造的問題を知ることが出来れば

有りという判断も容易です。

泣き寝入りしないということです。

泣き寝入りせずに白日の下にすることでしか

解決しないこともあるのです。

このような判断をするのも水瓶座的であるなら

これに理解を示せるのは水瓶座です。

母親のまなざしを健全化した上でもう一度

母親のまなざしを捉え直すのに

水瓶座のパートナーとの結婚がどれほど

その人にとって深い必要性を満たすのかは

他人からは計り知れません。

狂気に陥りそうな自分を支える愛です。

方法論としては自分の第9ハウスの構成と

パートナーの太陽サインの相性を調べてみて下さい。

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