運命と愛の関係

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私たちのホロスコープは様々なエネルギーが通過して

表現する機能やデザインを表しています。

それは運命として感じられるものです。

私たちそのものが自由に何かをつかみ取っている

わけではありません。

自我のレベルでは自分なりに努力して、それぞれに

好きなものを買ったりして楽しんではいますが

大きな意味では山に育つ木々のように光合成をして

酸素を作ったり、落ち葉で土を豊かにするような

働きと同じことをしています。

人間は移動出来ますが、その人らしい運命という

意味では移動出来ない木々と同じです。

努力しても運命が変わらないという意味ではなく

宇宙に生える樹木のようなイメージです。

生まれた時のホロスコープはある種の種子であり

それをきちんと育てることで私たち自身も

豊かになります。

それぞれのホロスコープの比喩としての宇宙に生える

樹木ですが、この存在はその家系や民族と時空を超えて

連綿と折り重なるように繋がっています。

太陽サインが獅子座であっても、第1ハウスに天体が

3つ4つあれば、両親のどちらかが太陽サイン牡羊座

かも知れません。

アスペクトや支配星の動き等でもっと複雑に

表れる場合なら、交際相手が親友が母親の太陽サインと

月サインが逆なだけかも知れません。

(母親が獅子座で月が蟹座の場合、恋人や親友の

太陽サインが蟹座で月サインが獅子座という意味です。)

自分自身のパートナーのインターセプトされている部分が

母親の月と同じ場合もあります。

太陽サインが異なればそれぞれ全く違うようなキャラクターに

思えますが、実は才能や豊かさ、夢、愛情等々様々なものを

階層的に繋ぐために上から下に(祖父母から見れば、

親→子供→孫)と繋がることでエネルギーは循環していきます。

家系の一番先端にいる人は自分のキャラクターは

自分のホロスコープで完結しているように思いがちですが

繋がっています。

スピリチュアル的には連綿と形を変えて繋がっています。

これは流れですから、どこかで反発があれば才能も

豊かさも愛上面も滞ります。

自分の現在の境遇がどうだから、先祖がどうだから

どうこうすると言う話ではありません。

ミカンの木の先端にはミカンがなるように頑張れば

報われ易いということです。

早くに自分はミカンだと気が付いて努力しても

楽というわけではありません。

成果が出易いだけです。

それぞれの個人がスピリチュアルな働きの成果として

それぞれに結実して結果を出すことを幸運と言います。

私たちがいきなり誕生して試行錯誤を重ね人生を

全て決定して動かしているわけではないのです。

人生の選択のほとんどは無意識です。

そこに少し自分の選択を足しているだけです。

それに気が付いて自分自身について10パーセントも

20パーセントも意識的に選択を増やそうとしても

すぐに無理と気が付きます。

そんなことをしたら精神が破綻します。

そんなことは無理なのです。

どんな人も大きな流れで見たら愛情が表現される

キャンバスみたいなものであって、個人的な欲望は

描き込めません。

個人的な欲望はキャンバスそのものを健全に

支えられる程度に必要なものです。

大きなキャンバスには沢山の欲望(欲望に見える)が

必要なだけです。

キャンバスそのもに描ける表現はその人の愛情だけです。

どのような存在を、どのように愛したかだけが

描き込まれていきます。

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