綺麗事では納得出来ない人の生死に関わる問題の理解の仕方

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自分自身に不利益をもたらすものに心惹かれたり

様々な理由や動機で関わる場合があります。

どの結果自分自身を損なうこともあるわけですから

自滅行為と言えるのに止められないどころか

楽しんでしまう場合もあります。

その代表的な感受点は、リリスでしょう。

リリスが救いとして働くこともありますから

リリス自体が悪いわけではありません。

見ないふりが出来れば死なずに済む場合もあります。

具体的には書きませんが、他人に対して危険な行為を

行うことが楽しいと感じる天体の配置もあります。

そのために法律があります。

そのような楽しみを理性が肯定し出すと歯止めが

利かなくなります。

このような個人や組織の欲望(楽しみと書くと違和感が

あるので欲望にしていますが、文脈的には楽しみです。)は、

当然のことながら他人の様々な目的や動機と結び付いて

いこうとします。

このような欲望は、様々な存在を食らいながら大きく

育っていきます。

このような在り方に決して対して肯定しているわけでは

ありませんが、現実問題として存在します。

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このような存在とある特定の個人の生き方に接点が

出来るとその人自身の生き死に大きく関わる場合があります。

普通という言葉は、変ですが社会的地位に影響する程度で

済むことが多いのですが、タイミングやその他の条件が

ぴったりと合ってしまうと誰かの人生が、中断してしまう

こともあります。

このような状態について引き込んでしまったのか、

純粋な被害者なのか様々なケースがあって一概にこうとは

言えませんが、そのような存在と接点が出来上がる状態を

避けなければタイミングが合ってしまった時点で逃れるのは

困難になります。

逆に言えば助かるためには、損をしてでも、信頼を

失ってでも、脇目も振らずに逃げて徹底的にタイミング

ずらすことが大切です。

このような時は、ほんの少しの欲も出したら助かりません。

兎に角、全力で逃げることが大切です。

命を失うことと全てを失うことを天秤にかけたら

どっちを取るのかという問いでもあります。

少しでもぐずぐずしていると助かりません。

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