三浦春馬さんの死が悲しい人へ

三浦春馬さんの死が開いたスピリチュアルな扉から

様々なバイブレーションが多くの人に届いています。

もちろん三浦春馬さんの死に対して報道以上のことを

感じない人もいます。

厄介事を片付けて精神をすっきりさせるホロスコープの使い方

という記事に自分自身の持っているエネルギーが

外側にあるエネルギーと呼応することを書きました。

三浦春馬さんの死で心が大きく動いた人は、誰でも

新しい扉が開いたのです。

三浦春馬さんが亡くなった当日を含めると今日で65日が

経過しました。

そして9月18日は、2回目の月命日でした。

2回目の月命日記事は、生々しいのは良くないので

三浦春馬さんのカテゴリーに入れませんでしたが

気付いて頂けた方は、読んで頂けたと思います。

すでに三浦春馬さんの死が開いた扉が閉じてしまった人も

いるでしょうし、未だにその傷口(扉)が閉じるどころか

更に開き続けている人もいるでしょう。

その人自身の運勢や健康を考えると扉が閉じてしまった人は

それはそれで良いのですが、現在も尚開き続けて閉じる

感じがまったくしない人は、その扉を通して三浦春馬さんの

スピリチュアルなバイブレーションと自分自身が呼応している

内容を少しずつケアしていくことが大切です。

そのようなケアは、自分自身にとっても三浦春馬さんに

とっても優しさであり思いやりでもあります。

そのような優しさは、三浦春馬さんの存在が象徴的に

結び続けてきて今なお紡ぎ続けているスピリチュアルな

ネットワークの質を高めていきます。

多くの人が悲しんでいます。

しかもその悲しみは、現在も深まるばかりで止まる

気配すらありません。

しかし三浦春馬さんが努力して生前結び続けてきた

スピリチュアルな価値を更に高めていくためには

感情に完全に飲み込まれずに少しずつ意識を高めていく

より他に方法はありません。

もちろん、悲しみが深いのに意志力で無理矢理に

頑張っても意味はありません。

悲しみ、哀しみから少しずつ本来の自分自身の感じ方に

何度も何度も戻ることを繰り返しながら少しずつ

三浦春馬さんと呼応している自分自身の感じ方の質を

高めていくのです。

このような地道な努力は、本人自身は当然ですが、

三浦春馬さんのためにもなります。

心の傷が呪いの扉になるのか、

良い意味でスピリチュアルな扉になるかは、本来の

自分自身に戻れるかどうかにかかっています。

悲しみは、本来の自分自身から遠ざけた状態を作りますが、

そこから再び本来の自分自身に近付ければ、元よりも

より良い状態になれるのです。

すでに亡くなってしまった三浦春馬さんには、このような

形の努力の仕方はもう出来ません。

気持ちは扱い辛いものですが、この揺れがあるからこそ

出来る成長の仕方もあります。

気持ちは、エネルギーです。

呼応するものが大きいと気持ちが強く揺れます。

それを無理に止めずに何度も何度も揺れながら少しずつ

本来の自分自身に戻していきます。

その繰り返しの中で沢山の新しい気付きが得られます。

それは全てその人自身の心の中にあったものです。

三浦春馬さんの死を通して開かれた霊的な側面です。

その側面は、やがては新しい窓になって輝きます。

その輝きは、霊的な世界から見えるものです。

本来の自分自身に戻るということは、三浦春馬さんが

亡くなる以前に戻るということではありません。

自分自身が持って生まれたものを可能な限り表現する

ということです。

それを全力でやって来た三浦春馬さんの死だからこそ

多くの人のスピリチュアルな扉が開いたのです。

この記事で書いた内容をまとめると三浦春馬さんを

通して再び自分自身になる機会を得たということです。

このような記事を書きましたが、絶対に悲しむ自分自身を

責めたり裁いたりするようなことはしないで下さい。

そのような心理状態は、自分自身にも三浦春馬さんにも

良くないことです。

悲しいけれども少しずつ前向き(本来の自分自身)に

なっていきつつあるという状態がもっとも美しく輝きます。

三浦春馬さんを通して本当の自分自身になれることが

出来る自分だと理解出来れば少し楽になれるかも知れません。

お互いいつまでも幸せでいられる関係です。

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