月と冥王星の合を初めとする月とトランスサタニアンのハードアスペクトの幸福感

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最近、月と冥王星のコンジャンクションを初めとする

月と冥王星のハードアスペクトの大変さについて

触れることが多かったですが、冥王星を初めとする

トランスサタニアンのような天体の力は、実は使おうと

思っても自分自身の気持ちで使えるものではありません。

月とアスペクトを持つことで、とてもしんどいですが、

しんどいでは済まない経験をする傾向がありますが、

それでも何かのきっかけにトランスサタニアンの影響を

使える可能性があります。

冥王星を初めとするトランスサタニアンを使える

可能性があるからこそ乗り越えられる困難や

叶えられる希望や実現可能な生き方があります。

そのような生き方は、個人のエゴを叶えるような

選択肢に沿ったものではないとしても運命だと

思って乗った方が良い人生になります。

不本意な選択肢に思えても人生のターニングポイントを

重ねる間に素直に味方に出来るタイミングが訪れます。

そのような幸せは、少し特殊かも知れませんが

骨の髄にまで沁みて来るような特別な感覚のはずです。

やはり普通ではないではないかと言われれば

確かにそうですが、どんなホロスコープにも強味はあります。

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月と冥王星のコンジャンクションみたいなアスペクトは、

そうとしか選びようのない意味では悲劇ですが、大きな

視点で見れば自分自身の自由意思で生きていると

感じられるかどうかの違いだけで本当に何から何まで

好きに出来る人生はありません。

そう思えるかどうかが大事と言われれば確かにそうです。

満足感や幸福感と大きく関わる部分です。

月と冥王星のコンジャンクションを初めとする月と

トランスサタニアンのハードアスペクトには

このような葛藤が最後に待っています。

この葛藤を乗り越える試練みたいなものが最後の

ステップです。

しかもこの段階では楽しみでしかないはずです。

自分自身のエゴの選択に沿った状態や生き方では、

ないにしても、そこにエゴを振り切って飛び込んで

同化してしまえば普通では得られない一体感があります。

独特の感覚が四方に伸びていく実感が得られるはずです。

四方どころか、繭のようなものです。

それが力強いものなのか、ふわっとしたものなのか

独特のリズムで跳ね回るものなのか、本当に千差万別ですが、

非日常的な感覚に思えてもそれは、そのような個性の人にとって

夢ではなく愛の実感に近いはずです。

それは大いなる何かと強く繋がっている感覚です。

月に大きな刺激は痛い時点で無理があります。

痛い時には、エゴは飛んでいたはずです。

そのような時にもがいて見上げた空に一瞬、美しい幻想を

見たはずです。

そのような感覚(匂いでも、音でも構いません、この部分は

太陽星座と関係があります。)を日常的に得られると言えば

このような幸福感も「あり」だと思えないでしょうか。

このようなアスペクトがもたらす葛藤の合間に見せる

恩寵のような瞬間的な輝きを日常に引き込むことは出来ます。

そこまでやり抜けば素晴らしいアスペクトです。

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