悪霊

ちゃんと本来の自分自身を生きていたらホロスコープを

読まなくても自然に運の良い方向へ流れていけますが、

個々の人の個性に合わせて生きていくことを社会は、

許してくれません。

もちろん時代の価値観にぴったりと当てはまっているように

見える人もいますが、それでも社会という集団で生きる以上は、

社会という謎の人格が独り歩きして誰かを持ち上げたり

誰かを袋叩きにしたりします。

社会という謎の人格に乗っかることで個人に許されたこと以上の

振る舞いが出来るように錯覚します。

しかしその社会という謎の人格を作り出しているのは、私たちです。

日本は、蟹座的社会と言われます。

悪意のある意識や守る意識を簡単に悪霊と言うと簡単ですが、

一般的な悪霊のイメージと身近に普通に存在する悪意のある意識は

お化けや怨霊、妖怪でもなく悪意のある意識と呼んだ方が

それに近い気がします。

本来の自分自身は、ホロスコープが人それぞれ異なるように

人それぞれで正解はないのに、どうしても社会集団の中で

評価されたり、されなかったりすることで自分自身にとって

重要ではないことを強調したり、本当は生きる原動力みたいな部分を

軽く扱ったりとして個々の人にとっておかしな状態を

作り出してしまいます。

このようなナチュラルなパワハラが、個々の人のバランスを

少なからず歪めてしまいます。

ですから休日を利用して自分に合ったバランスを取り戻すのです。

そうは言っても社会の中で生きていくいくしかありません。

休みだってなかなか取れないこともあります。

このようにして様々な形ではみ出した意識が悪い意識なのか

そのまま犠牲を食らいながら大きく育った悪霊みたいな

ものなのかはさておき、私たち個人はそのようなものに

ちょっかいを出されたり傷付けられたりせずに関わらないように

自分自身にとっての本来の軌跡を辿っていれば良いわけです。

ところがそのような悪い意識となった存在は、自分自身の

在り方自体が苦しいですからあの手この手で犠牲を求めます。

ホロスコープの内容は、活かすべきものであってこれが良いとか

悪いと言ったようなおみくじみたいなものではありません。

ホロスコープを魂みたいなものだとイメージして軽く暖かい

エリアに浮上出来れば活かされた状態で重く寒々しい場所に

沈んでいけば悪い意識に食われると考えれば何となく

悪霊の意味が伝わるかも知れません。

つまり本来は悪霊はないとも言えます。

しかし何らかの理由でそのような働きを帯びるようになります。

それに対抗しても無駄であってもし不運続きになったりした

場合は、本来の自分自身の軌跡に戻るだけです。

良い意識を守護霊と呼びますが、そのような軌跡から落ちないように

配慮してくれたり万が一落ちたら戻そうとしてくれる存在です。

悪霊、つまり悪い意識は、社会という謎の人格から切り離された

意識が怨霊化したものと言えます。

ですから表向き適応してもそれ以外の部分を影で悪い意識として

暗躍させる人もいます。

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