悪霊と運勢の関わり

悪い意識は、基本的に自分の意思で移動出来ないので

暇を持て余しています。

ポジティブな行動ををする選択肢が持てないので

何かに憑りつくしかやりようがないのです。

本来の自分自身の軌跡の延長線上にある線路みたいな

コースをせっせと走っている間は、悪霊が側を通っても

ガラス板1枚で隔たりがあるようなかっこうになっているので

悪霊(悪い意識)に憑りつかれることはありません。

しかし何らかの理由でこのガラスの外から出てしまったり

大きな変わり目を迎えて自分自身を守る仕組みが

変わる時は、悪霊の仕掛けてくる揺さぶりが実際の

働きとして憑りついた人を苦しめることがあります。

悪霊は、冒頭で書いたようにとにかく暇を持て余しています。

何かに憑りつくしか移動する手段がないのですから

それでも必死と言えば必死です。

自分自身で移動出来ないことは、究極の不運です。

体が動かなくなれば死に至ります。

体が動かない場合は、生きるために猛烈に精神を

働かせます。

悪霊は、この精神がポジティブな方向に動かないからこそ

悪霊足りえる存在として誰かにしがみつくしか救われる道が

ないのです。

そう言った意味では単なる暇とは、意味が違い命懸けです。

悪い意識であれ霊的な悪霊であれ身体が無い状態でポジティブに

なれない場合は、身体を動かすだけで自分自身を浄化するという

シンプルな方法も使えません。

祓う時に身体を振りますが、身体があれば簡単な所作や

移動することで浄化出来る感情や運気の変化も扱えないので

苦しみから逃れるために憑りつきます。

悪い意識や悪霊にまでなっていなくても移動する力が

弱くなったり浄化する作用が働き難い状態が続くと不運な部分が

形成されていきます。

そう言った部分にも悪霊は、寄って来ます。

遂に地の時代から風の時代に変わるサイクルに入ってしまいました。

調子の上がる人落とす人という分け方よりも調子の上がる部分、

下がっていく部分と捉えて自分自身を再構築する視点が大切です。

ホロスコープ的には、個人天体の扱いをチェックして出来れば

それらを全て爽やかな状態にしておきたいものです。

動くという行為について補足すると個が全体に変えるという

最終的な課題があってこれに失敗すると自分自身が最終的に

悪霊になります。

つまりこれは生きている時の自由な動きに関しても全体を

損なうような動きは良くないということです。

ただ成長のための想像と破壊の場合もありますから

その是非を個人的な価値観で推し量ることは不可能です。

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