美しい人が求めているソードのクイーンへのメッセージ

sponsored link

ソードの戦いで三浦春馬さんが求めてる人という記事の

続きです。

かなり抽象的な内容ですが、イマジネーションの世界

なのでそのまま書きます。

先ず時系列の問題ですが、時系列を操作するメリットは

全ての出来事が同じ時間で起きたことを防ぐことです。

つまりコンジャンクション以外の状態を作るためです。

(闇の中で呼吸するように上下運動している何かの足を

引っ張ったサイコパスに好きに操作させないということに

繋がっていきます。闇の中で呼吸するように上下運動

している何かは、これ以上、美しい人の時間を引っ張り

たくないのです。つまりソードの拡散を止めたいのです。

しかしそれは、美しい人を好きな人がいる限り

ソードは、増え続けていきます。

闇の中で呼吸するように上下運動している何かは、この

自然現象が理解出来ないのですから不自然な存在です。

これを計算に入れて動けるようであれば太刀打ちできない

でしょう。言い方を変えれば・・・。)

何故美しい人が追い込まれた期間がある程度

霊感で分かるかと言えば変化のフォーマットがあるからです。

オポジション、スクエアは、三浦春馬さんだけでなく

春分、夏至、秋分、冬至と同じ区切りです。

もちろん、円は、もっと分割出来ますし占星術はそのような

フォーマットを持っていますからそこに意識を飛ばして

探すことは行っていますが、迷子を探すような暇のいることです。

しかし行方不明になった人を探していると言えばちょっと

ニュアンスが変わっていきます。

このニュアンス(カップ)を変えながら探しています。

ソードのクイーンに託しながらも行方不明になった美しい人を

探す方は、カップを変えています。

何もかも溶け込んでいる液体を自分自身のカップに入れて

それを調べているのです。

かなり危険です。

面白半分にやっていると憑かれてしまいます。

ちゃんとリセット(浄化)しないといけないものです。

これは美しい人が憑くということではありません。

今の美しい人を体感(対話)しようとすると時間止める必要があります。

しかし時間は流れ続けますから自分自身が止まる必要があります。

それがある種の集中です。

この集中は、危険です。

日常からの注意が無くなります。

かなり減った状態になります。

sponsored link

現実はソードの集積によって作られていきます。

その集積方法によって異なる現実は、いくらでも作れます。

ここでソード自体は深掘りしませんが、ソードの意味は

分離から生まれて来ます。

ですからカップ(融合)には意味が作れません。

生きていたということはソードが残っています。

亡くなれば自分自身で地上にソードを増やすことが出来ません。

そこでその地上意識の時間は、止まってしまうからです。

しかしそれは本当ではなく地上的な場所以外からソードを

増やし続けようとします。

ですからクイーン(受信)なのです。

意識を通して無限のような状態にアクセスするのがカップのクイーンです。

ソードのクイーンは、全てのことが同じ時間で起こることはただの

混乱ですからそれを正しく並べようとします(ですから正義を意味します)。

最も適切な配列を探すことがソードのクイーンの仕事です。

この配列に正義が必要なことは、言うまでもありません。

このような働きは、意識の力によってサイズは大なり小なり異なりますが

サイズよりも、その働きが可能になる力を持っていることが重要です。

何故なら地上的なパワーは、人物カードで言えばナイトの数やペイジの

数で決まっていきます。

カップのクイーンとソードのクイーンの違いについて書くような記事では

ないのでこれについてもスルーします。

ただカップのクイーンが活躍する世界でソードのクイーンは、動けません。

ソードのクイーンが活躍する世界でカップのクイーンは、無能です。

ソードのクイーンは、あらゆる時間を止めて何度でも再確認する能力です。

時間を止めるには、ソードを消すしかありません。

だから削除します。

時間を進めるためには、ソードを増やすことですが、これを意図的に

行えばある程度時間を好きにコントロール出来ます。

真実に対する多様な視点は、存在しますが、正しい時間(意識)は

存在します。

しかしそれは、決して道徳的なものではなく戦いによって決まります。

ナイトやペイジと力を合わせてどれだけ地上的な形で正しくソードを

並べて見せるかという戦いです。

最初から決まっていると言う人がいますが、それは、高度な

スピリチュアルな存在を知らないからです。

可能な限り善い方向に向かうように拮抗するエネルギーのバランスは、

必ず調整されます。

そのような善意は、常に働いています。

残念ながら受け取っても書いている間にどこかに沁みていきます。

どこかに残っているので必要な時にまた出て来るには、出て来ますが

イマジネーションを言語化すると受け取ったものが、どんどん

減っていきます。

書いていると自然にまた湧き出て来たりするので、適当に切って

しまうのですが、それも受け入れないと日常生活が回らなくなります。

sponsored link
error: Content is protected !!