月(星座やハウス)の欠損と依存と自立

依存しない生き方とは、何か?

それは、楽しむかどうかです。

楽しめるかどうかです。

そう言うと、好きに楽しもうとすると自分は、大変なことになる

と言う人がいます。

どのように大変なのかは、人それぞれですが、簡単に言えば

だいたい欲望丸出しで暴走すると言うことです。

しかし、それこそが、本当のその人です。

だからと言って欲望のままに行動すれば破綻します。

才能やお金で解決出来なければ、もう終わりであると言われます。

可能性が無いと感じるようです。

そこには、絶望の壁があります。

それを飛び越えてしまうと自死に繋がるような感じになっていきます。

仕方なく、そこで踵を返すと欲望の代わりに意味を求めるように

なりますが、それは危険かも知れません。

何かに依存するタイプは、意味を求めます。

しかし、よくよく考えると生きることに意味は、ありません。

楽しく生きると言うことは、欲望に従うことではなく自分自身の

本性に沿った生き方をすることです。

強い刺激は、決して快楽では、ありません。

痛みです。

本性に沿って生きるには、ありのままの自分をある程度認めてあげる

必要があります。

これが意味の代わりになります。

ところが、親も周囲の環境も必ずしもありのままの傾向を認めてくれるとは

限りません。

それどころか、周囲の環境を吸って一体化(迎合、依存)することから

生存は、始まります。

簡単に言えば、これが月(星座やハウス)の欠損と言われる理由です。

生きる土台を得るために何を失ったのか、知ることも役立つ場合が

あるかも知れません。

月の星座やハウスが意味する性質は、安心感を得るために必要な要素

としていつまでも残り続けますが、一生それに縛られてしまうわけでも

ないのです。

ある程度、自己受容出来れば、自分自身で必要な環境を作れるようになります。

それは、ある程度、ありのままの自分、本性に沿って自分自身を扱って

あげることです。

それをせずに、どこかから持って来た価値観を無理矢理当てはめても

苦しいだけです。

難しい意味も野放図な快楽も必要ありません。

自分自身の才能(第2ハウス)の範囲で、手に入るものを使って

楽しむことが出来れば、月に関することは、それで十分に満たされます。

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