美しい人の命を飲み込んだ生き物

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カードは、割愛しています。

イマジネーションのみです。

誰もが明確に責任を取らないまま広島や長崎に

地獄を作り出すことで結末を迎え、最近では

1980年代の明るさを謳歌し、不安が顔を

覗かせながらも1990年代も何となくノリと勢いで

突っ走ってきたけれども、責任を負わない仕組みの

空洞に何かが入り込みました。

実際には、責任を負えない仕組みの空洞の中に

何らかの卵が産み落とされたのは、地獄が出来た頃です。

今やその卵は、成虫になっているのかも知れません。

生きるとは、何か、存在することの意義は、何かと

多くの若者が実存主義に貧しさの中で答えを求めたように

空洞の中に産み付けられた卵から孵ったばかりの

幼くか弱い芋虫みたいな存在は、人々の中にある

暗黒感情や欲望を上手に渡り歩き、少しずつ肥え太っていきました。

1968頃若者たちは、何かを感じたのかも知れません。

誰も責任を負えない仕組みに産み付けられた卵の中身は

今やとんでもない力を持っていて、こそこそすることも

なくなって表の世界をコントロールしています。

多くの人が漠然とした根拠のない明るさに気をとられている

間にちょっとやそっとでは、びくともしない何かに

成長を遂げたのです。

もう誰も、どんな仕組みも制度も、それを止める力は

無いのかも知れません。

美しい人は、その存在を炙り出すためにこの世に

送られたように思えます。

タロットカードを並べても意味がないくらい明確な

イマジネーションの意味が更に明確になっていきます。

焼け野原の中を大八車を引いて復興に走り回る祖父の写真があります。

リヤカーですらないのです。

鉄は、全て消え去っていて仕方なく木材しか材料がなかったからです。

まるで江戸時代です。

誰も責任を負わないシステムの中ですくすくと育ち

もう自分自身の存在を誇示するくらい強くなった生き物を

止められる存在は、いるのでしょうか?

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