彼の物語(遺骨)

彼は、亡くなる前も徹底的に自由を奪われていたけれども、

亡くなった後も同じかも知れない。

とにもかくにも窮屈な感じがするのだ。

安らかさとは、かけ離れた感じに四六時中支配されているのは、

彼を消し去ってしまった教えの中心に祭られているからだろう。

彼のお墓参りをする人は、選ばれた人だけが彼の遺骨のある山に

案内される手筈になっている。

彼の遺骨は、山に祀られているというよりも山に飾られていると

言った方が正しいだろう。

多くの人は、せめて彼の遺骨の一部は、彼の母親が持っていると

考えていたが、彼の遺骨の全ては山にあった。

彼の墓参りに行くと特別な人だけが彼の遺骨に案内された。

それは、お墓参りというよりも博物館の展示を観察するような

ものだった。

全身骨格として据えられていた。

彼は、山の中の施設の中心に飾られ訪れる特別な人間たちに

挨拶をしているようだった。

簡単に言えば、彼の遺骨は、売られたのだ。

いったい誰に売られたのか?

そんなことは、恐ろしくて、イマジネーションの世界であっても、

おいそれと言葉に出来ることではない。

骨になってもお金に換えられた彼を、その人は、最後の仕事だと

思っていた。

老後もずっと自由に暮らせると思っていたのに、勝手に辞める

決断をした彼を、その人物は、疎ましく思った。

しかし亡くなってしまっては、どうしようもない。

遺骨がお金を生み出す最後の手段だった。

彼は、本当に何もかも差し出されてしまった。

彼の遺骨を展示している集団は、彼を敬うために、そのように

しているのではない。

少なくとも、それは、彼にとって煩わしい扱いだった。

彼が存在したこと自体を完全に消すための儀式みたいなものだ。

そのような行為を一般的には、呪術と呼ぶかも知れないが、

彼の骨を展示している集団にとって、それは、立派な教えだった。

彼の遺骨をお金に換えた人は、彼が、その教えに従わなかったから

いけないのだと本気で信じている。

教えに従わない罪深い人間が、綺麗さっぱりと消えていくのは、

その教えの対象の力であって、人為的なものではないのだと、

その人は、信じている。

少なくとも信じた方が利益になると考えているのだ。

その人物は、罪深い彼の魂を救うために、責任をもって、その

集団に捧げたのだと信じているのだから、善い行いをしたと

信じている。

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