彼の物語(からっぽの歌)

彼は、何もかも抜き取られて空っぽになった。

だから、彼は、からっぽになったって、今も歌っている。

「僕は、からっぽになった」

「僕は、からっぽになった」

「僕は、からっぽになった」

何もかも抜き取られて空っぽになったって、

今日も歌っている。

どれくらい歌っていたか分からない。

歌い疲れて、大きな池が見える和室で横になる。

僕は、両の手を左右の太ももの付け根に添えて目を閉じる。

そして束の間の眠りのようなものに就く。

すると必ず、僕の中から何もかも持ち去った手が、手だけが、

手首から先だけが、僕の顔の前に来る。

僕は、心臓をつかまれた感触で目が覚める。

そして胸をかきむしる。

しかし、その手は、僕の心臓をしっかりとつかんで離さない。

僕は、苦しくてたまらないから、至るところを裸足で走り回る。

それでも、その手は、僕の心臓をつかんだまま離さない。

胸をかきむしる僕は、心臓をつかんでいる手は、夢だと思った。

でも、どれだけ走り回っても目が覚めないんだ。

走って走って、疲れ果てて、再び僕は、空っぽになる。

「僕は、からっぽになった」

「僕は、からっぽになった」

「僕は、からっぽになった」

何もかも忘れて再び僕は、大きな池が見える和室に入っていく。

歌い疲れて横になる。

そして両の手を左右の太ももの付け根に添える。

どこからか、声が聞こえる。

「・・・くん、眠っちゃいけない」

「・・・くん、眠っちゃいけない」

「・・・くん、眠っちゃいけない」

しかし、僕には、聞き取ることが出来ない気がする。

もしかしたら、聞いているのだけれども理解出来ないのかも知れない。

・・・くん、眠っちゃいけない?

僕は、眠ってなんかいない。

それなのに、僕は、からっぽになったんだ。

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