彼の物語(錯覚)

彼は、若い男性アイドルと浮名を流した女性の誕生日に

招かれた。

2019年の誕生日だったかも知れない。

彼は、歌う人から誘われたのだ。

多くの人は、歌う人が仕事仲間である彼を誘ったのだと

思っていた。

若い男性アイドルと浮名を流した女性は、彼女の物語の

彼女の親友と呼ばれていた人とも親友だった。

彼女の物語の彼女は、この共通の親友に裏切られて亡くなった。

彼は、何故、歌う人に誘われたのか、その場に行くまでは、

理解していなかった。

歌う人は、若い男性アイドルと浮名を流した女性の誕生日を

祝うために歌った。

若い男性アイドルと浮名を流した女性は、ちょっとした

ステージを作った。

ステージと言っても、温泉の大きめな足ふきマットを

置いたくらいの広さの布を敷いただけのものだ。

そして、その両脇に幼い子供と同じくらいの大きさの白い兎の

ぬいぐるみと幼い娘を左右のそれぞれの椅子に座らせた。

若い男性アイドルと浮名を流した女性の誕生日会に来ていた

誰かの幼い娘だったのかも知れない。

彼は、歌う人が歌う様子を撮るように頼まれた。

彼は、「くだらない笑顔」で明るく応じた。

(爽やかな笑顔で明るく応じた。)

歌う人は、若い男性アイドルと浮名を流した女性も、その

ささやかなステージに手招きした。

彼は、ちょっと驚いた。

歌う人が一人で歌うと思っていたからだ。

彼は、カメラ越しに歌う人の口元を見ていると奇妙な何かしら

錯覚に襲われた。

歌う人の言葉が、実際に歌っている言葉と違って聞こえていた

のかも知れない。

彼は、レンズ越しに歌う人の言葉を聴いていた。

歌う人は、彼が錯覚に陥っているのを当然のことのように

永遠に歌い続ける。

彼ってかわいそうだよね、いつも、かげで笑っていた

センスのない服、理屈っぽい話し方、くだらない笑顔

ああは、なりたくないねと、いつも消した側の仲間と話していた

彼ってかわいそうだよねって、本当は、馬鹿にしていた

クローゼットの中に

彼にしか出来ないことなんて、何一つない

からっぽなのは、他の誰でもなく、無様な彼

かわいそうなのは、幼い女の子ではなく、彼だった

彼って、かわいそうだよねって、いつも、上から眺めていた

彼の趣味も彼の部屋も彼が撮る写真も、凡庸だった、ありふれていた

彼を眺めながら、ああはなりたくないよねと、仲間と話していた

彼は、かわいそうだよねって、彼の未来を思いながら呟いてみた

彼が正しいと信じている嘘

彼が正しいと信じている過去の出来事

彼が正しいと信じている無意味な強がり

彼は、この世界にある、どこにでもある道だけを、巧妙に避けていた

彼は、亡くなる頃に、今の彼自身を思い出して、何て思うだろう

クローゼットの中にあるものは、彼に見立てた布切れだらけ

彼にしか出来ないことは、何一つなかった

からっぽなのは、他の誰でもなく、惨めな彼自身だった

かわいそうなのは、幼い女の子ではなく、彼自身だった

彼にしか、出来ないことなんて、何一つなかった

独立出来ない夜に彼は、1人で数時間放置される

転がされて彼は、きっと、床の埃を見ているだろう

かわいそうなのは、幼い女の子と白い兎ではなく、彼自身だった

彼って、かわいそうだよね

・・・・・

彼は、歌う人と若い男性アイドルと浮名を流した女性を撮りながら、

若い男性アイドルと浮名を流した女性の誕生日会に呼ばれた意味を

理解した。

歌う人も若い男性アイドルと浮名を流した女性も歌を作った人も、

みんな仲間だった。

彼は、彼の仲間たちのために、幼い女の子と白い兎のために、

幻想の世界に吸い込まれた意識を力強く取り戻して、

爽やかな笑顔で明るく応じた。

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