美しい人の独立と絶望とソードの9のカード

タロットカードを使って美しい人とスピリチュアルな

対話をした時にソードの9のカードが出て来た場合に

付いて書いています。

ソードの9のカードは、難しいカードです。

ソードの風の元素(知性や判断力)を突き詰めていくと

結果的に苦しみを作り出してしまうという解釈が

一般的です。

一言で言えば絶望のカードということになりますが、

果たして本当でしょうか?

鋭い知性は確かにその他の存在(残りの三元素の要素)

から自分自身を切り離してしまう傾向があります。

それは周囲がその人をどのように扱うかという問題ではなく

その人自身が他者と異なる個性の自分自身を孤独に感じ

させるからです。

「本当のことを言っても分かってもらえない」と考える

こともあるでしょうし、自分自身の考えだけを自分自身

そのものだと思ってしまい、それ以外の自分自身を認識

出来なければ、上手くいっている時は完全ですが、上手く

いかなくなった時は出口が見つからなくなります。

しかしこのようなソードの9のカードの特徴は、誰もが

持っている傾向です。

何度か書きましたが、タロットカードの小アルカナは、

一つの内容を4つの元素に分けて考えます。

そして4つに分けられた要素は、普段は魂の力みたいなもの

(根本的な気持ちでも良いです。)でまとめられています。

タロットカードを使って占っているのでソードの9のカードが

出て来た場合は、上述したような傾向が強く表れていると

考えても当然かも知れません。

ただこの記事は、美しい人とスピリチュアルな対話した時に

ソードの9のカードが出て来た場合に特化した解説記事ですから

美しい人の俳優という職業の個性を考える必要があります。

実話を題材にして演じるにしてもやはり何らかの演出があります。

監督や演出家の意図を初めとする作品の世界をしっかりと

理解して、自分自身の演技に反映させる必要があります。

この作用は、ソードの9のカードの働きと同じです。

演技は、感情表現と考える人も多いと思いますが、プロの俳優に

とって様々な感情表現は、仕事に必要な技術的な側面です。

私は泣く演技は、出来ませんとか言う俳優は、使えません。

濡れ場に関しては、事務所の方針として断ることもあるでしょうが、

基本的に特定の作品に参加する場合は、その役柄に必要な演技は

出来るという前提があります。

美しい人がドラマや映画やミュージカルに参加する時に

その作品の背景まで深く理解しようと務めることで作品の

世界観の中にしっかりと入り込み、美しい人の演技自体が

作品の世界を作り出していきます。

この作用は、まさにソードの9のカードの働きです。

一般的な生活でこのカードが強く働くと確かに周囲の平均的な

考え方から突出した考え方を持つことで孤立するでしょう。

その結果のほとんどの場合は、孤立です。

天才と呼ばれるのは、ノーベル賞を取るような人たちだけです。

孤立が続けば一般的には、絶望に至ります。

本当の意味で孤立すると仕事自体が出来なくなります。

しかし俳優は、際立った個性がなければ使ってすら

もらえないでしょう。

7月18日の事件だけは、芸能界の中で突出した考え方を

持ってしまった可能性があります。

その結果、誰かが美しい人を孤立した状態に追いやったと

考えるしかないのでしょう。

美しい人の考え方を正しいと思いますし気持ち的には擁護した

文章を書きたいですが、他の俳優や関係者が誰も何も語らない

ところを見ると、美しい人を孤立した状態に追いやった勢力の

方が芸能界の常識的な存在なのでしょう。

そう言った意味では、美しい人を応援する側である美しい人の

ファンにとっては絶望でしかありません。

ソードの9のカードは、自分自身の思想信条から無駄なものを

省いて重要なものだけを残します。

美しい人にとってソードの9のカードは、絶望を意味する

カードなのでしょうか?

もし、それが美しい人にとって希望であれば、今でも美しい人は、

生きていたはずです。

そう言った意味では、美しい人にとってのソードの9のカードは、

独立の判断や、それに伴う情報を表しています。

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