カフェ「泉の樹」の秘密
Imoriは表向き、有名国立大学を卒業し、それなりに社会に通用するキャリアを築いてきた精神科医だ。親の期待と、医療一家という重圧の中で選ばざるを得なかった道。しかし、その内心には、幼少期から抱えてきた強烈な孤独感と、「自分の選んだ道で生きたい」という抑えきれない願望が渦巻いていた。
大学の卒業式での光景は、彼にとって人生の頂点であるはずだった。しかし、胸に去来したのは虚無感だった。親戚一同が祝福する中、心の中でこうつぶやいた。
「この光景のどこにも、本当の自分はいない。」
秘密の活動
精神科医として働き始めたImoriは、患者の心に寄り添う中で、自分自身の心に深い問いを抱えるようになった。家族や親戚は彼を誇りに思い、同僚や患者からも信頼される医師としての地位を確立していたが、彼の内面にはまだ満たされない何かがあった。
ある日、患者から「タロット占い」に関する話を聞いた。それは科学的根拠に基づかないもので、通常なら一笑に付す話だった。しかし、そのとき彼の胸に響いたのは、タロットカードの「物語」だった。カードに描かれる象徴や物語が、患者の心を癒す媒介となっているのではないかと気づいたのだ。そして何よりも、imoriは、ユングを敬愛していた。ユングが易を研究していたことを知ってimoriも易を身につけたほどだ。
その日から彼は、タロットカードの世界に没頭し始めた。最初は趣味として始めた活動だったが、やがてそれは彼のもう一つの顔となり、数十年にわたって「物語タロット占い師」として活動するきっかけとなった。
カップのキングの導き
タロットの中でも特にImoriの心を引きつけたのは、カップのキングのカードだった。このカードが象徴するのは、深い感情のコントロール、共感、そして知性だ。Imoriは精神科医としてのスキルを活かし、このカードが示す「心の安定と慈悲」を物語に織り込んでいった。
彼のタロット占いは特別だった。「物語タロット」と称し、1枚のカードから紡ぎ出される物語を通じて、顧客の心の奥底に触れるスタイルだ。その物語は、どんなに冷え切った心にもそっと寄り添い、光を届ける力があった。
秘密を守る理由
この活動が職場や親戚に知られたらどうなるか?
親や親戚は、科学に反するものを信じることを恥だと考えている。有名大学の卒業生としての名誉が傷つくことを何より恐れていた。一方で、彼の職場では、精神科医が占い師として活動していることが発覚すれば、専門性が疑われる可能性が高い。だからこそ、Imoriは自分のもう一つの顔を徹底して秘密にしていた。
彼が「泉の樹」と名付けた隠れ家は、精神科医の仲間と共に作り上げた空間だった。そこでは、タロットの物語が紡がれ、人々の心の奥深くに触れる活動が行われていた。時には新しい仲間が加わり、時には去る者もいた。去ると言ってもカフェ「泉の樹」で、様々な事情で活動出来なくなっただけで、繋がりは、ずっとある。大学教授の仲間もいるから、カフェ「泉の樹」の運営にゼミの学生が加わることもあった。カフェ「泉の樹」の仕組み上、出入りする人は、全て紹介だった。紹介された人たちは、ある意味、準会員のような存在でもあった。多くのクライアントにカフェ「泉の樹」が発信するブログは、今や、数十にも及ぶかも知れない。「知れない?」Imoriは、もう、誰が、どこに、何を書いているのか、知らなかったし、知る必要もなかった。それぞれのメンバー(主に若手)が運営していた。親に秘密で始めたことが、それくらい大きくなっていた。かつて、自分の人生を取り戻す戦いだったimoriの活動が、多くの医療関係者や、その卵たちに引き継がれていた。若手が持て余した案件が、imoriに持ち込まれることはない。カフェ「泉の樹」には、誰かが立ち寄っていたし、ゼミ生でも十分優秀だった。
カップのキングの示す未来
カップのキングは、Imoriに「愛と共感の本質」を問い続けていた。それは、他人を癒しながら、自分自身を癒すこと。名誉や世間体に縛られながらも、真実の自分を隠れ家の中で生きること。それは矛盾のようでいて、彼にとってはバランスの取れた生き方だった。
秘密を守る苦労はある。それでも、彼が「物語タロット占い」を続ける理由はただ一つ。
「本当の自分を生きるために。」
カップのキングが象徴するのは、内なる葛藤を乗り越え、深い共感と慈悲をもって自分と他者に向き合う力である。Imoriは、隠れ家「泉の樹」で、今日もまた一枚のタロットを引き、新しい物語を紡いでいくのだった。