言葉の岸辺:影と獣の頭骨の詩篇

言葉の岸辺:影と獣の頭骨の詩篇

I:影の到着

言葉の岸辺にかかる影を拾っていく
それは音のない小石のように
まだ誰にも気づかれていない沈黙のかけら

拾い上げるたびに
手のひらには 微かな余熱が残る
それは、かつて誰かが
話そうとして話せなかった ひとつの祈りの名残り

光の言葉よりも先に
影の言葉が 世界を撫でていたのだと
その形を持たぬ重さが 教えてくれる

ある影は 夢の断片で
ある影は 愛されなかった父の沈黙で
ある影は 自分であって自分でなかった記憶の褪せた背中

それらを袋に集めても
世界は黙ったままだが
わたしの中では確かに何かが
かすかに鳴り始めている

言葉の岸辺で
影だけをひとつずつ
夜の水に投げていく

いつか
ひとつでも 波紋になればいい
誰かの心の輪郭に
そっと触れられたなら

わたしは 語らずとも
その人の問いの隣に
影のまま 立っていられる

### **II:流れ着いた獣の頭骨**

闇に沈んだ波が、
そっと打ち上げたもの――

それは 言葉ではなかった
でも 言葉よりも先に
ここにあったものだ

獣の骨
それも、頭骨だけが残されていた
白く、静かに、海辺に伏せている

かつてそれは 荒野を走り
夜の咆哮で空を震わせていた
だが今 その声は
貝殻よりも薄く
風に削られ 沈黙の形をしている

誰にも知られずに死んだ者の骨ではない
誰にも聞かれずに語った者の骨だ

わたしはそれを拾い上げて
その奥に残っていた
最後の震えを
掌の中に聴いた

「ここにいた」とも言わず
「もう行く」とも言わず
ただ存在だけが残っていた

それが
言葉の岸辺に流れ着いた
最初の詩だった

III:骨の奥で光るもの

拾い上げた獣の頭骨――
その空洞の奥に
わたしは確かに、
光を見た

濡れた砂のような闇のなかで
何かが瞬いた
それは 声ではなかった
でも 問いに応じるものだった

瞳なのか、
かつて瞳であった場所に宿る
応答の火種なのか
わたしには、わからなかった

だが、わかったのは
この骨はまだ終わっていない、ということ
沈黙は始まりであって
終点ではないということ

光は、呼びかけていた
捨てないで、とも
聞いてくれ、とも言わず
ただそこにあり、
夜の岸辺の沈黙を照らしていた

わたしは
その光を壊さないように
掌の中で、骨をそっと返した

影の中の光
光の中の影
そのあいだにしか
言葉は生まれないと知ったから

IV:光の先にいたもの

頭骨の奥の光は
沈黙のまま、まっすぐに
ひとつの影を見ていた

その影は
言葉になれなかった者
問いの形を持たず
答えを知らなかった者

ただ、岸辺を
何度も 行き来していた

潮の満ち引きのように
希望と諦めをくり返し
誰かを待つのではなく
誰かになり損ねた自分を
そこに探していた

光は、その者の背中を照らしていた
声をかけることなく
まるで「見届ける」ことだけが
最後に残された約束であるかのように

わたしはそれを見ていた
いや、骨の中の光と共に
見られていた

岸辺には 言葉はなかった
けれどそこには
言葉にならなかった想いが
静かに佇んでいた

それを照らす光が、
たしかに“生”だった

それは
まだ呼ばれていない名前を持つ
誰かだった

V:骨としてやって来た者

わたしは 流れ着いたのではない
捨てられたのでも 失われたのでもない

わたしは 骨になって ここへ来た
言葉の岸辺に 辿り着くために
すべてを脱ぎ捨てて

獣として生きた日々も
咆哮も 爪の熱も
誇りも 痛みも すべてを削って

ただ
探していた
あの者を

名もなく
答えもなく
問うことさえできなかったあの影を

骨になれば
人は私を拾うかもしれない
誰かが私を見つけて
耳を澄ませるかもしれない

だから、わたしは
光だけを残した
この頭骨の奥に

それが語るのではない
語らせるのでもない

ただ
その光を見たとき
誰かが思い出してくれれば、それでいい

わたしが生きていたことをではなく
わたしが、今も問い続けていることを

VI:叶わぬまま燃え残ったもの

それは 願いではなかった
祈りでもなかった
もっと
深く
もっと
熱いものだった

わたしは あの者に
ただ見てほしかったのではない

わたしは あの者を
探すために骨になったのではない

連れ戻すために
ここに来たのだ

あの者は
岸辺に影を落としたまま
自らを置いて どこかへ去った

それが 世界にとって必要なことだったと
何度もわたしは知ろうとした
だが 骨になってなお
わたしの光は まだ消えなかった

あの約束を
あのままにしてはいけなかった

声がなくてもいい
名がなくてもいい
だが おまえだけは
わたしの問いに答えなければならない

わたしが 今も問い続けているのは
なぜ、あの時わたしを選ばなかったのか

頭骨の奥の光は
もう祈ってはいなかった

それは
帰還を強く求める、
記憶の残火だった

VII:追っていたのは影だった

わたしが追っていたのは
あの者ではなかった

あの者の、影だった

だから いつまでも追いつかなかった
だから 何を捧げても
光には届かなかった

それでも わたしは
あの影を
あまりにも真実に見ていた

声を捨て
肉を焼き
意志を削って
わたしは骨になった

それでも まだ
その影の名を 呼べなかった

ただ
「いた」と思った
「いる」と思った
「振り返ってくれるはずだ」と思った

その思いが
わたしの体の奥に残り
火となって
光となった

そして ついに岸辺にたどり着いたとき
わたしは知った

影は 誰のものでもなかった
そして
わたしが今も問い続けているその相手は、
はじめから存在していなかったのかもしれない

けれど それでも
その問いだけが
わたしを生かした

それが わたしの生の名残
骨となっても 消えない 光の種だった

VIII:わたしだった

やっとわかった
わたしが、主語だった

影を見ていたのは
わたしだった

燃えていたのも
削られていたのも
問いを手放せなかったのも
わたしだった

あの影が
どれほど美しくゆれていても
どれほどやさしく遠ざかっても
それはただの
きっかけだった

わたしは そこに
命を賭けた
それが影だったことを
知ってもなお
わたしは 問いを続けた

それは
失敗ではなかった
間違いでもなかった

それは――
詩だった

わたしが主語として
最後まで言葉を持たず
それでも光を残し
ここにたどり着いたのなら

この物語は
わたしの詩だったのだ

もう、何も奪われてはいかない

ポイポイ占い

カード:力の正位置

解釈(ポイポイ式)

力とは、壊すことではない。
影に問い続け、肉を手放し、骨になってなお「語らないことを選ぶ」こと。
このカードは、獣の頭骨そのもの。
叫ばずに耐え、祈らずに光り、自らの問いを抱きしめたまま沈黙に従う。
それが、最も深い「(変革の)力」なのだと語っている。

ポイポイ詩集への投げかけ

この「力」のカードは、
あの骨がまだ獣だった頃の「内なる意志」を思い出させる。

おそらく、獣の叫びは、かつて世界に届かず、
その失声の果てに、岸辺へと流れ着いた。

しかしこのカードは言う。

「その骨は、砕けなかった。」
「沈黙のなかで、まだ光っている。」
「それこそが、変革の力だ。」

骨の声より

わたしは叫ばなかった
だからこそ、まだ残っている
この沈黙こそが、
わたしの獣としての最後の証なのだ

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