普段から、きちんとしているほうだと思う。
失礼なことは言わないし、空気も読む。
場の流れを乱さないように、自然と気を配ってきた。
人前でも、家族の前でも、職場でも、
「ちゃんとしている自分」でいることは、
いつの間にか当たり前になっている。
特別に無理をしているつもりはない。
周囲と大きな問題があるわけでもない。
それでも、気がつくとどこか疲れている。
少し気を抜いたあとや、
人と関わったあとの静かな時間に、
理由の分からない消耗感だけが残ることがある。
そんな感覚から、この話は始まります。
1,ちゃんとしているのに、疲れてしまう感覚
普段はきちんとしているのに、
なぜか人前に出たあとや、
誰かと関わったあとに、
どっと疲れてしまうことがあります。
特別な失敗をしたわけでもなく、
空気を壊した覚えもない。
むしろ、
ちゃんと振る舞えていたように思えるのに、
なぜか消耗だけが残ります。
周囲から見れば、礼儀正しくて、
問題なくやっているように見えるかもしれません。
それでも、
「少しでも気を抜いたら、何か足りなかった気がする」
そんな感覚が、後から静かに押し寄せてくることがあります。
ここで起きているのは、
「ちゃんとしていないと、居場所が揺らぐ気がする」
という感覚に、無意識で立ち続けている状態です。
2,それは、あなたの問題だと感じやすいけれど
努力が足りないように感じるかもしれない。
気合や根性の問題に見えることもある。
性格の問題だと思ってしまいがちだけれど。
こういうとき、多くの人は、
「自分がだらしないのでは」
「もっと気を張るべきだったのでは」
と、考えがちです。
あるいは、
「ちゃんとしていない自分が原因なのかもしれない」
「油断したせいで、居心地が悪くなったのかもしれない」
と、自分に理由を探し始めます。
でも、それは、少し違います。
違うというより、別の仕組みで起きています。
3,疲れがたまりやすいところ
この消耗は、あなたの性格から起きているのではありません。
力を入れ続けている位置から起きています。
その位置は、どこにいるかに関わらず、
ちゃんとしている状態を求められやすい場所です。
間違った立ち位置ではありません。
これまで、あなたを守ってきた位置でもあります。
ただ、その場所にずっと立ち続けるには、
負担が大きすぎるのです。
たとえば、
・相手が少し黙っただけで、言葉を丁寧にしすぎてしまう
・場に間が空くと、埋めるように動いてしまう
・関わりのあと、家に帰ってからどっと眠くなる
こうした反応が重なると、
無意識のまま、同じ位置に力が入り続けます。
4,なぜ、そこから動けなくなるのか
その位置に留まり続けてしまうのは、
あなたが弱いからではありません。
そこに立っていると、
・場の空気が乱れにくくなり
・指摘されにくくなっていき
・自分の居場所が、少しずつはっきりしてくる
そうした側面があるからです。
「ちゃんとしている自分」でいることで、
安心が保たれ、
関係も崩れにくくなります。
その結果、緊張が抜ける場所が、
だんだん見えなくなっていきます。
5,そこに居続けてしまう理由
その位置に立ち続けてきたことは、
間違いではありません。
ただ、
そこ以外の立ち位置も、
最初から存在している、
というだけの話です。
いつでも、どこでも、
同じ「ちゃんと」でいなくても、
成立する場所はあります。
たとえば、
・挨拶と最低限の受け答えだけは整える
・最初の数分だけ気を張り、あとは力を抜く
・外側(言葉遣い)だけを整えて、内側は緩めておく
「全部ちゃんとする」ではなく、
「ここだけちゃんとする」
という選び方も可能です。
ほんの一歩ずれるだけで、
同じ人間関係でも、
消耗の仕方が、
少し違って感じられることがあります。
ちゃんとは、全部ではなく「ここだけ」でも成立します。
今すぐ動かなくても構いません。
「全部でちゃんとしなくてもいい場所がある」
と知っておくだけでも、
今はそれで足ります。