仕事がいくつも重なることは、珍しいことではありません。
メールの返信をしながら資料を作る。
資料を作りながら別の依頼の確認をする。
会議の準備を進めつつ、途中で入ってくる連絡にも対応する。
どれも特別なことではなく、むしろ日常の仕事の風景です。
だから、多くの人はこう思います。
「同時並行で進めればいい」
「少しずつやれば全部回る」
「一つずつやるより効率がいい」
実際、同時に進めているつもりの仕事は、どれも小さく見えます。
メールは数分で終わる。
確認も少し目を通せば済む。
資料も途中まで書いておけば後で続けられる。
だから問題ないはずなのに、なぜか仕事が崩れ始めることがあります。
一つの作業を途中で止める。
別の仕事に対応する。
終わったら元の仕事に戻る。
そのはずなのに、戻ったときに少し時間がかかる。
どこまで進めていたのか思い出す。
何を書こうとしていたのか確認する。
思い出しているうちに、また別の連絡が来る。
そのままそちらに対応する。
気づくと、いくつもの仕事が「途中」のまま残っています。
どれも少しずつは進んでいる。
でも終わったものがほとんどない。
そして最後に残るのは、
「今日は忙しかったはずなのに、あまり進んでいない」
という感覚です。
今回扱う固定点は、
「同時並行できるはず」
です。
ここで言う「できるはず」は、能力の話ではありません。
複数の仕事を同時に進めることが、当たり前の前提になっている状態です。
仕事には割り込みがある。
依頼は同時に来る。
全部を順番に処理していたら間に合わない。
だから並行して進めるしかない。
この考え方は、とても自然です。
多くの職場でも、同時進行は普通に行われています。
問題は、同時並行そのものではありません。
問題になるのは、同時並行をするときに
何が起きているのかが見えなくなることです。
同時並行は、単純に仕事を二つ進めることではありません。
たとえば資料を作っている途中でメールを返すとします。
メールを送り終えたあと、もう一度資料に戻る。
このとき、頭の中では必ず再構築が起きています。
どこまで書いたのか。
次に何を書こうとしていたのか。
この資料の前提は何だったのか。
こうした確認は、ほんの数秒かもしれません。
でも、その数秒は確実に集中を削ります。
そして同時並行が増えるほど、この作業も増えていきます。
資料を書く。
メールを返す。
資料に戻る。
別の連絡に対応する。
もう一度資料に戻る。
そのたびに、
「どこまで進んでいたか」
を思い出す必要があります。
この思い出す時間は、あまり意識されません。
でも確実にエネルギーを使います。
同時並行をしているとき、人はこの時間をほとんど見積もりません。
仕事は二つ。
だから処理も二つ。
そんな感覚で進めます。
でも実際には、そこにもう一つの作業が入っています。
それが切り替えです。
仕事A
↓
切り替え
↓
仕事B
↓
切り替え
↓
仕事A再開
同時並行は、
仕事Aと仕事Bだけではなく、
そのあいだにある切り替えも含んでいます。
この切り替えが増えるほど、
作業そのものよりも、
再開のためのエネルギー
が増えていきます。
ここでブラックホールが生まれます。
仕事が増える。
同時並行を増やす。
切り替えが増える。
再開コストが増える。
仕事が進まなくなる。
進んでいないと感じると、人はさらに並行を増やします。
どれか一つに集中すると、
他の仕事が止まるのが不安になるからです。
すると、また切り替えが増える。
再開コストが増える。
このループに入ると、
仕事の量よりも、
切り替えの量
が仕事を支配するようになります。
忙しいから疲れるのではありません。
同時並行のたびに、
頭の中で再起動が起きているからです。
ここで必要なのは、マルチタスクをやめることではありません。
仕事の現場では、
完全に一つずつ進めることはほとんど不可能です。
必要なのは、立っている位置を少しだけ変えることです。
今回のずらしはこれです。
同時並行=切替コスト込みと再定義する。
同時並行とは、複数の仕事を同時に進めることではありません。
仕事と仕事のあいだに発生する切り替えも含めて考えることです。
つまり、
仕事A
仕事B
ではなく、
仕事A
切り替え
仕事B
切り替え
まで含めて一つの流れとして見る。
この見方をすると、
同時並行の意味が少し変わります。
仕事が二つあるのではなく、
切り替えが二回増えているという形になります。
ここで最小文を置きます。
同時並行は、仕事の数ではなく切り替えの数です。
この一文は、あなたの能力を変えません。
仕事の量も減らしません。
ただ、なぜ進まないのかという感覚の見え方を変えます。
進まない理由は、能力ではない。
仕事の数でもない。
切り替えが増えているだけだった。
そう見えたとき、
仕事の順番を少しだけ変える余地が生まれます。
もちろん、これで忙しさが消えるわけではありません。
依頼は相変わらず同時に来ます。
割り込みもなくなりません。
それでも、同時並行を
「できるかできないか」という問題として扱わなくなると、
仕事の見え方は少し変わります。
ここでやっているのは、時間管理の話ではありません。
効率化の話でもありません。
「同時並行できるはず」という一点に吸い込まれて、
仕事が崩れやすくなる位置から、
ほんの少しだけずらすための言語化です。
もし今、いくつもの仕事が途中のまま頭に残っているなら、
それは能力の問題ではありません。
切り替えが増えているだけかもしれません。
同時並行は、
仕事の数ではなく、
切り替えの数。
今日はその位置が見えただけで、十分です。
