相談された瞬間、頭が真っ白になる。
その場で答えを出そうとして、急に早口になる。
間違いを恐れて、言葉が増える。
誤解されたくなくて、説明が長くなる。
「知らない」を言った後の沈黙が、妙に怖い。
専門家だから。
先輩だから。
親だから。
教える側だから。
支える側だから。
上に立つ側だから。
その立場になると、なぜか一つの前提が強くなることがあります。
「私は間違ってはいけない」
「ここで間違えたら終わる」
「分からないと言ってはいけない」
「迷っている姿を見せられない」
「適当なことは言えない」
普段はそこまで完璧主義ではない。
むしろ柔軟に考えられる。
判断を修正することもできる。
でも、“立場”が前に出る瞬間だけ、体が固くなる。
これは性格の問題ではありません。
根性の問題でもありません。
多くの場合、あなたが、ある一点に立たされてしまっているだけです。
今回扱うポイント:「私は間違ってはいけない立場」
この記事で扱う固定点はこれです。
私は間違ってはいけない立場。
ここで言う「間違い」は、たいてい曖昧です。
事実のミスなのか。
判断のミスなのか。
言い方のミスなのか。
期待を外すことなのか。
「分からない」を言うことなのか。
「暫定」を出すことなのか。
でも体感としては一つです。
信用が落ちる感じ。
立場が崩れる感じ。
この固定点が厄介なのは、立場を守ろうとするほど、立場が窮屈になるところです。
なぜそこに固定されるのか
立場がある人は、周囲の安心装置になりやすい。
専門家は、答えを持っている人として見られる。
先輩は、分かっている人として見られる。
親は、支える人として見られる。
そして見られ方が強いほど、次の学習が起きます。
揺れたら不安にさせる。
迷ったら頼れなくなる。
間違えたら信頼が壊れる。
だから揺れない。
だから迷わない。
だから間違えない。
ここまでは自然です。
立場がある以上、一定の安定は必要です。
問題は、ここからです。
「間違えない」が、能力ではなく役割として採用される。
間違えない役。
いつも正しい役。
答えを出す役。
支える役。
役割として採用されると、間違いは出来事ではなく「役割の崩壊」になります。
だから怖い。
そして怖いから、さらに硬くなる。
吸い込み条件(トリガー):専門家、先輩、親
この固定点が強くなるのは、だいたい次の相手や状況の前です。
1)専門家の立場(発信者・講師・コンサル含む)
「その道の人」と見られている。
発信している。
教える側にいる。
頼られている。
そういう場面では、間違いが“単なる間違い”で済まない感じがします。
一度のミスで信用が落ちる
指摘されたら終わる
コメントや質問が怖い
断定しないと不安になる
ここで起きやすいのは、これです。
正しいことを言おうとして、現実を狭くする。
確認しすぎる。
先に結論を出す。
断定する。
余白を消す。
言葉を増やす。
誤解されたくなくて説明が長くなり、
説明が長くなるほど「言質」が増える。
言質が増えるほど、さらに間違えられなくなる。
悪循環が起きます。
2)先輩の立場
後輩の前で迷えない。
頼られるほど断れない。
「知らない」が言えない。
弱みを見せたくない。
「任せます」と言われるほど、詰むことがあります。
なぜなら“答える役”が固定されるからです。
相談が来る。
即答したくなる。
間違えたくない。
だから確信のあることしか言えない。
でも確信のあることだけでは現実が動かない。
それでも「先輩だから」と答えを返す。
ここで立場は、硬さで維持されます。
3)親の立場
子どもの前で不安を見せたくない。
家庭を回す側として崩れられない。
「正解の親」でいなきゃと思う。
失敗すると取り返しがつかない感じがする。
親の立場は、正しさと責任が重なりやすい。
だから「間違えない」が強化されます。
子どもの質問に即答したくなる。
家族の不安を早く消したくなる。
迷いを見せると不安にさせる気がする。
でも現実は、いつも正解があるわけではない。
正解がない状況で「間違えない」を守ろうとすると、硬さが増えます。
消耗の正体:立場=誤らない、で自分を固定している
消耗しているのは、単に間違えたくないからではありません。
立場を「誤らないこと」で支えようとしているからです。
立場を守る、というより
立場を硬さで維持している。
正しい、というより
現実に合わせられることが本当の価値なのに、
「正しい=誤らない」に寄ってしまう。
間違いが
更新のきっかけではなく、
信用崩壊の合図になってしまう。
こうなると、
不確実な話ができない
迷いを共有できない
暫定が許されない
修正が恥になる
質問が怖くなる
断定の誘惑が強くなる
“答え”を早く出したくなる
結果、立場は硬くなります。
でも硬さは長距離に向きません。
修正できない立場は、必ず詰みます。
なぜなら、現実は変わるからです。
情報も変わる。状況も変わる。人も変わる。
変わる現実の中で「誤らない」を守ろうとすると、消耗が増えます。
ずらし:立場=誤らない、を解除する
ここで必要なのは、「間違えろ」という話ではありません。
弱くなれという話でもありません。
適当にやれという話でもない。
立っている位置を、ほんの少しずらします。
立場=誤らない
を解除します。
そして立場を、別の定義に置き直します。
立場=修正できる。
立場=更新できる。
立場=調整できる。
誤らない、から
立て直せる、へ。
ずらしの最小文
立場がある人ほど、「間違えない」より「修正できる」が大事になる。
(これだけを置いてください)
「修正できる立場」とは、具体的に何か
修正できるとは、強がらないことではありません。
責任放棄でもありません。
むしろ逆です。
修正できる立場は、次のことができます。
「暫定」を言える
「更新」を前提にできる
「分からない」を早めに出せる
間違いを“出来事”として扱える
修正の速度で信頼を保てる
ここで重要なのは、信用の定義です。
信用は、無揺れではありません。
“修正力”です。
誤らない立場は、現実に負けます。
修正できる立場は、現実に合わせられます。
たとえば、
「今の情報だとこうです。更新があれば変えます」
「ここは暫定で進めます」
「今は分からないので確認します」
「さっきの言い方は誤解を生むので言い直します」
こういう言葉を言えることが、立場を支えます。
間違いを消すのではなく、更新として扱う。
これが「修正できる立場」です。
ずれた後に起きる変化
このずらしで世界が劇的に変わるわけではありません。
責任がなくなるわけでもない。
でも、こういう変化が起きることがあります。
答えを急がなくなる
断定しなくてよくなる
説明が過剰に増えにくい
「確認」が過剰になりにくい
後輩や家族の前で呼吸ができる
間違いが恥ではなく調整になる
“完璧”より“更新”が前提になる
立場を守るために硬くなる、から
立場を保ったまま修正する、へ。
この移動ができると、消耗は減ります。
ここでやっているのは、解決ではありません
ここでやっているのは、
内面を整えることでも、強くなることでもありません。
固定されて消耗している一点から、
ほんの一歩ずれるための言語化です。
あなたが完璧になる話ではない。
無敵になる話でもない。
間違えない人になる話でもない。
ただ、立場の定義を少しだけずらすだけです。
まとめ
もし今日、
「私は間違ってはいけない立場だ」と体が固くなっていたなら、
「間違えないより、修正できるが大事」
この一文を置いておくだけで十分です。
すぐに柔らかくならなくていい。
強くならなくていい。
答えを出さなくてもいい。
ただ、いまどこに立っていたかが分かったなら、
それだけで状況は少し変わります。
