「その告白では、返事ができない」 ―占星術解説

告白

「その告白では、返事ができない」 ――澄川結衣「告白」
の占星術解説です。

結衣と直人は、一緒に飲食店を営んでいます。
仕事上の役割分担について、二人であらためて「あなたはここ、私はここ」と決めたわけではありません。
それでも長く一緒に働くうちに、自然な形ができあがっています。
相手が次に何をするのか。自分がどこまでやっておけば相手が助かるのか。
そんなことも、いちいち言葉にしなくてもかなり分かっています。
これは恋愛という視点をいったん外して考えても、とても大きなことです。
二人はすでに、「この人は信頼できる人なのか」を確かめる、かなりの部分を終えているからです。
お店で見えていた顔と、恋人になって現れる顔は違います。

占星術的に見ると、この違いはとても分かりやすいものです。
一緒に働いていれば、太陽や水星、土星のような、「社会の中でどう生きるか」
「どう考えるか」「責任をどう果たすか」といった部分はかなり見えてきます。
ところが、恋人になると、それまでとは違う天体が前に出てきます。
特に金星や月です。
仕事での火星ではなく、能動的に愛するときの火星も加わります。

金星は、「何を愛らしいと感じるか」「どんなふうに愛されたいか」。
火星は、「自分からどう求めるか」「どう愛そうとするか」。
月は、「何が安心なのか」「どこまで素の自分を見せられるか」。

もちろん、これらが仕事上まったく現れないわけではありません。
ただ、恋愛関係になることで、それまで背景にあった欲求が「相手との関係そのもの」に向かって動き始めます。
ですから、「直人はどんな人か」を知っていることと、「直人は恋人をどう愛する人なのか」を知っていることは別です。
同じように、「結衣はどんな人か」を知っていることと、「結衣は好きな人の前でどんな結衣になるのか」を知っていることも別なのです。

恋愛では、仕事で成功していた「言わなくても分かる」が、そのまま成功するとは限りません。
恋愛では、「何をすれば相手が愛されていると感じるのか」は目に見えません。
そして二人の最初の告白では、その違いがいきなり表面化します。
直人は一度目の告白で、「結衣も嫌じゃなければ」「こういう感じでいてもいいかな」という形で関係を差し出します。
好意がないわけではありません。
ただ、その言葉の中心にあるのは「直人がどうしたいか」ではなく、「結衣がどう感じるか」です。

しかし金星獅子座の結衣が知りたかったのは、「私は嫌ではないか」ではありません。
「直人は、私とどうしたいのか」だったのです。
それまで言葉が少なくても成立していた二人が、恋人になる入口で初めて、
「言葉にしなければ分からないこと」にぶつかったわけです。

結衣が欲しいのは「私は特別」という実感

結衣の金星は獅子座2°59′です。
金星を「どう愛されると嬉しいのか」という観点から読むと、結衣にとって大切なのは、単に関係が安定していることだけではありません。
「私はあなたにとって特別な人なんだ」そう感じられることが、とても重要になります。
これは必ずしも派手な演出を意味しません。
獅子座金星が求めるのは、豪華なプレゼントよりも、相手の意識の中心に自分がいると分かることです。
「他の人とは違う」
「あなたにはこうしたい」
「結衣だから」
そこが伝わることが大切なのです。

ですから一度目の直人の告白は、結衣にとって少し違います。
「結衣も嫌じゃなければ」では、結衣が直人の欲望の中心に置かれていないからです。
「あなたが望むなら、僕もそれでいい」と、
「僕はあなたを望んでいる。あなたはどうですか」は、
結果として付き合うなら同じように見えても、結衣にとってはまったく違います。
だから結衣は、「私は自分で決める。直人は直人がどうしたいのかを言って」と求めます。

そして二度目に直人が、「結衣が来ると嬉しい」「帰るとちょっと寂しい」「近くにいたかった」
と自分の感情を言葉にし、最後に、「俺、結衣と付き合いたい」
と言ったとき、ようやく結衣は「直人に選ばれた」という場所に立つことができます。

一方、直人の火星は乙女座16°53′です。

火星を「自分から相手を求めるとき、どのように動くのか」と読むなら、直人の愛し方はかなり具体的です。
相手の役に立つ。
負担を減らす。
必要なことを先回りしてやっておく。
困っていることがあれば解決する。
つまり直人にとっては、「あなたのために何かをすること」そのものが愛情表現になりやすいのです。
しかも、この愛し方は二人が築いてきた仕事上の関係と非常に相性がいい。
結衣が疲れていれば、黙って仕事を多めに引き受ける。
足りないものがあれば補充する。
困る前に問題を片づける。
つまり直人は、恋人になる前から、自分の得意な愛情表現をかなり結衣に対して行っていた可能性があります。
本人はそれを愛情表現だと思っていなかったかもしれません。
ただ結衣が困っているからやる。
そのほうが店が回るからやる。
けれど、そこには直人自身もまだ名前をつけていなかった好意が混ざっていたのでしょう。
恋人になって変わるのは、行為そのものより、その行為の意味なのかもしれません。
昨日まで「仕事だから」と説明できたことが、今日からは「好きだから」という意味を持ち始めます。

一度目の告白で出た「乙女座火星の影」

乙女座火星は、相手の状況をよく見ます。
迷惑にならない方法を探します。
間違えないように考えます。
これは成熟すれば、とても誠実で実際的な愛し方になります。
ただし恋愛では、それが強く出すぎると、
「相手にとって何が正しいか」を考えるあまり、「自分は何が欲しいのか」が後ろへ下がることがあります。

一度目の直人は、まさにそこにいます。
結衣に嫌われたくない。
困らせたくない。
だから結衣が受け入れられる範囲を探ろうとする。
けれどその奥には、「自分から欲しいと言わなければ、自分自身を拒絶されずに済む」
という防御も潜んでいます。

結衣が怒ったのは、愛情が足りなかったからではありません。
直人自身が、そこにいなかったからです。
だから結衣は、「もっと上手に告白して」と言ったのではありません。
もっと根本的に、「私は私で決めるから、あなたはあなたがどうしたいのかを決めて」
と直人を自分自身の欲望へ戻したのです。

直人は乙女座火星を捨てたのではなく、使い方を変えた

二度目の告白で、直人が突然別人になったわけではありません。
一人になった直人は、「結衣はどう思うだろう」ではなく、
「俺はどうしたいんだろう」と考えます。

そして、結衣が来ると嬉しい。帰ると寂しい。近くにいたい。
店の外でも会いたい。付き合いたい。
と、自分の中に実際に起きていることを一つずつ確認していきます。
これはむしろ、とても乙女座的です。
抽象的に「愛している」と大きな言葉を掲げるのではなく、自分の反応を正確に観察し、そこから答えを出しているからです。
つまり直人は、乙女座火星を捨てたのではありません。
その使い方が、「相手がどう思うかを間違えないようにしよう」から、
「自分の中で本当に起きていることを確認して、それを相手に差し出そう」へ変わったのです。

だから二度目の告白は、単なる言い直しではありません。

直人が、愛する主体として自分の火星を引き受け直した瞬間なのです。
「付き合いたい」と「手をつないでいい?」は別のこと
二度目の告白のあと、直人は「手、つないでいい?」と尋ねます。
結衣は「それは聞くんだ」と言います。
でも、ここでは一度目と意味が違います。
一度目は、「結衣が嫌じゃなければ付き合う」でした。
これは、自分の欲望そのものを相手に預けています。
しかし二度目は、「俺は結衣と付き合いたい」と、自分の欲望をすでに明確にしています。
火星がしっかりと使われています。

そのうえで、「手をつないでいい?」と相手に同意を求めています。
直人は、「自分が何を望むか」と「二人で何を選ぶか」と「相手の境界を尊重すること」を区別し始めたのです。
「付き合いたい」は自分で決める。
「付き合うか」は二人で決める。
「触れてよいか」は相手に確認する。
主体的になることと、相手の意思を無視することは同じではありません。
むしろ自分の意思を引き受けたからこそ、結衣の意思も結衣のものとして尊重できるのです。

二人は同じ「愛」を別の言語で話している

ここで、結衣の金星獅子座と直人の火星乙女座の違いが見えてきます。
結衣が欲しいのは、「私はあなたにとって特別なんだ」と感じられる光です。
一方、直人が差し出しやすいのは、
「あなたが楽になるように、これをやっておいたよ」という具体的な行為です。
どちらにも愛はあります。
ただ、愛情を表現するときの言葉が違うのです。
結衣からすると、

「してくれるのは分かってる。でも、好きなら好きって分かるようにしてほしい」

となるかもしれません。
直人からすると、

「こんなに結衣のことを考えて動いているのに、伝わってなかったのか」

となるかもしれません。
必要なのは、愛情を増やすことではなく、相手が受け取りやすい形へすることです。
結衣は、直人が黙って何かをしてくれたとき、
「これも直人なりの好きなんだ」
と理解したり、感じることができるようになります。

直人は、結衣が言葉や態度で特別感を求めたとき、
「分かるだろう」ではなく、
「結衣には伝わる形で伝える必要があるんだ」と理解していきます。
これがが進めば、二人の違いは弱点ではありません。
むしろ、自分一人では知らなかった愛し方を、相手から教えてもらう関係になります。

直人は、ずっと前から「可愛い結衣」を知っている

直人の金星は牡牛座20°25′。
結衣の月は牡牛座26°です。
直人の「何を可愛い、魅力的と感じるか」という金星と、結衣の素の感情や安心を示す月が、同じ牡牛座にあります。
結衣が何か特別なことをしなくてもいい。
穏やかにそこにいること。
安心して笑っていること。
おいしいものを食べて嬉しそうにしていること。
疲れた日に少し気を抜いていること。
そんな結衣の「作っていない顔」そのものが、直人には魅力的に映りやすいのです。
これは二人が一緒に働いてきたことを併せて考えると、とても大きいでしょう。
直人は、忙しくて余裕のない結衣も、疲れている結衣も、仕事が終わって気が抜けた結衣もすでに知っています。
それでも惹かれている。
つまり直人の好意は、恋愛用に整えられた結衣に向いているのではありません。
日常の中で何度も見てきた結衣そのものが、すでに直人の金星に触れているのです。
だからこの恋愛はゼロから始まるのではありません。
「結衣って可愛いな」
「一緒にいると落ち着くな」
そんな感覚は、告白以前からかなり育っていたのでしょう。

でも「可愛いと思う」と「伝える」は別のこと
ただし、直人が結衣を可愛いと思っていることと、結衣が「可愛いと思われている」と実感できることは別です。
直人にとって、その感覚はあまりにも自然なのかもしれません。
自然だから、わざわざ言わない。
けれど結衣の金星獅子座からすると、そこは表に出してほしい。
直人の中には、結衣が欲しい愛情がすでにあるのに、その表現だけが結衣の受け取りやすい形になっていない。
最初の告白は、そのことが初めてはっきりした場面だったとも言えます。
直人の中には「結衣が好き」があった。
けれど、それを結衣が受け取れる言葉にできていなかった。
だから結衣は、愛情を増やすよう求めたのではなく、すでにあるものを直人自身の言葉で表に出すよう求めたのです。

そして直人がまだ知らない「愛する結衣」

一方で、直人は「可愛い結衣」をよく知っています。
しかし、「誰かを恋人として愛している結衣」については、まだ知らないことがあります。

結衣の火星は天秤座5°28′です。
結衣が自分から相手を愛そうとするとき、彼女は「二人の関係そのもの」をとても大切にします。
自分はどうしたいのか。
直人はどうしたいのか。
どちらか一方に合わせるのではなく、二人にとって心地よい形はどこにあるのか。
だから最初の告白で結衣は、「私は自分で決める」と言いながら、
「直人はどうしたいの?」とも求めます。
二人が向き合って関係を作る、という天秤座火星らしい動きです。
結衣は直人を支配しているのでも、直人に合わせているのでもありません。
「私は私の側に立つから、あなたもあなたの側に立って」と要求しているのです。

結衣の火星は、直人の行動パターンを変える

ここには、シナストリー上の興味深い重なりもあります。
結衣の火星天秤座5°28′は、直人の天王星水瓶座8°38′とトライン、冥王星射手座4°50′とセクスタイルになります。
天王星は、これまでのパターンを変えること。
冥王星は、自分でも気づいていなかった深い動機を掘り起こすこと。
そう考えると、最初の告白後の直人の変化は象徴的です。
直人は最初、自分の曖昧さを「結衣への配慮」だと思っていた。
しかし結衣に問い返されたことで、その下にある、
「自分から欲しいと言わなければ、自分自身を拒絶されずに済む」という防御に気づきます。
そして二度目には、行動を変える。
これまでのように結衣の「後ろ」に回るのではなく、正面へ行く。
自分が欲しいものを言う。
相手に見られる。
断られる可能性も引き受ける。
この「後ろから正面へ」という移動は、二人の関係の変化そのものを象徴しているように見えます。
ただし、これは結衣が一方的に直人を変えるという話ではありません。
結衣自身の火星も、自分の天王星・冥王星と調和的につながっています。
つまり結衣が自分らしく関係を動かすとき、直人だけでなく結衣自身も変化の中に入るのです。
だから二人は、この告白を境に以前とまったく同じ「安全な同僚関係」には戻れなくなります。

「可愛い結衣」と「直人を動かす結衣」は違う

直人が知っている結衣には、二つの顔があります。
直人の金星牡牛座が惹かれるのは、結衣の月牡牛座的な部分です。
自然に笑っている結衣。
安心している結衣。
何も頑張っていない結衣。
そこにいるだけで「可愛い」と思える結衣です。
ところが結衣が恋人として火星を使い始めると、
「あなたはどうしたいの?」
「私は私で決めるから、あなたも決めて」と直人に向かってきます。
こちらは単に「可愛い」だけではありません。
直人を動かす結衣です。
つまり直人は、結衣の存在を金星で好きになり、
結衣から能動的に愛されることで、自分の深い部分まで動かされることになります。
告白前には見えなかった結衣が、恋人になって初めて前に出てくるのです。

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