「役に立たない自分は価値がない」と感じてしまう人へ

普段は問題なく過ごせているのに、ある場面になると、急に落ち着かなくなることがあります。

大きな失敗をしたわけではありません。
誰かに強く否定されたわけでもありません。

仕事も生活も、それなりに回っています。

それなのに、成果が見えない時だけ、不安が濃くなる。

感謝されない日が続くと、妙に消耗する。

自分が何かの役に立てている実感がないと、ただ暇なだけでは済まず、自分の輪郭そのものが少し薄くなるように感じる。

もし、こうした感覚に覚えがあるなら、単なる疲れや気分の波だけでは説明できないこともあります。

もちろん、疲労や環境、人間関係などによって似た感覚が生まれることもあります。

ただ、場所や相手が変わっても何度も同じことが起きるのであれば、別の見方をしてみてもいいかもしれません。

「役に立たない自分は価値がない」という固定点

今回扱うのは、「役に立たない自分は価値がない」という固定点です。

ここでいう「固定点」とは、自分の価値や居場所を確かめるために、無意識に戻ってしまう位置のことです。

これは単に、

「向上心が強い」
「承認欲求が強い」
「自己肯定感が低い」

といった言葉だけでは捉えにくいことがあります。

もう少し静かで、本人にも気づきにくいところで起きているものです。

人はときどき、「こうしていれば、ここにいていい」

と思える場所を、自分の中につくることがあります。

たとえば、

「ちゃんとしていれば大丈夫」
「迷惑をかけなければ大丈夫」
「期待に応えていれば大丈夫」

といったものです。

そして、その一つに、

「役に立っていれば、ここにいていい」

という位置があります。

この位置に立っている間は、むしろよく機能します。

周囲から見れば、

・真面目
・気が利く
・頼りになる
・よく周りを見ている

そんな人に見えることも多いでしょう。

問題になるのは、その位置に立つこと自体ではありません。

その位置に立っている時にしか、自分を安定して感じられなくなることです。

そうなると、役割が揺れた時に、役割だけではなく、自分の存在の足場まで一緒に揺れ始めます。

この固定点を持つ人に起こりやすいこと

「役に立たなければ」と感じる人は、怠けたいわけではありません。

むしろ逆です。

多くの場合、よく動けます。

・人の変化に気づきやすい
・足りないところをすぐに埋める
・場が回るために必要なことを読む
・頼まれる前に動く
・困っている人を放っておけない

こうした性質は、実際に周囲の役に立ちます。

役に立つことで場が整います。
気を利かせることで衝突が減ります。
期待に応えることで信頼されます。

そして、自分自身も安心できます。

だからこそ、この固定点は「長所の顔」をして残りやすいのです。

「役に立つ」という行動そのものが悪いわけではないからです。

むしろ、それによって実際に評価されたり、信頼されたり、関係がうまくいったりした経験がある人ほど、この位置を手放しにくくなります。

役に立つ。
相手の反応がよくなる。
関係が安定する。
自分の居場所が分かる。

そうした経験が何度も積み重なると、

「役に立つこと」は、単なる行動ではなくなっていきます。

少しずつ、「ここにいていい理由」

に近いものになっていきます。

役に立てない時に起きること

役に立っている間は安心できます。

感謝されると落ち着きます。
頼られると、自分の輪郭が戻ってきます。

しかし逆に言えば、役に立っている実感が薄くなると、単に「仕事の意味が分からない」というだけでは済まなくなることがあります。

自分そのものが曖昧になるように感じるのです。

この固定点は、特に次の3つの場面で揺れやすくなります。

① 評価が曖昧な時

褒められない。
否定もされない。

ただ、反応がありません。

こういう時につらくなるのは、必ずしも「褒めてほしいから」とは限りません。

もっと手前で、

「自分はまだここで機能しているのか」

を確認できないことが、不安につながっている場合があります。

反応があれば、自分の位置が分かります。

「助かった」と言われれば、役に立てたことが分かります。

「ありがとう」と言われれば、自分の働きが相手に届いたことが分かります。

ところが、何の反応もないと、その確認ができません。

そのため、単に評価がないだけなのに、自分の足場まで曖昧になったように感じることがあります。

② 成果が見えない時

特に、

・支える仕事
・整える仕事
・維持する仕事
・気を配る仕事

をしている人には、成果が見えにくいことがあります。

うまくいっているほど、痕跡が残らない仕事があるからです。

トラブルが起きなかった。
誰も困らなかった。
予定通りに一日が終わった。

それ自体が成果なのに、見えにくく、数えにくい。

すると、

「成果が見えない」

ということが、いつの間にか、

「自分の価値が見えない」

という感覚に変わってしまうことがあります。

本当は別の話です。

成果が見えないことと、自分に価値がないことは同じではありません。

しかし、自分の価値を「役に立っていること」で確認していると、この二つが非常に近く感じられてしまいます。

③ 感謝が減った時

同じように動いているのに、以前より「ありがとう」が減ることがあります。

実際には、

・相手が慣れただけ
・相手に余裕がないだけ
・関係が安定しただけ

かもしれません。

けれども、「役に立つこと」に自分の足場を置いている人にとって、感謝は単なる報酬ではないことがあります。

「まだ必要とされている」

という確認装置になっていることがあるのです。

そのため感謝が減ると、単に寂しいだけでは済みません。

「自分はもう必要ではないのではないか」

という不安につながります。

そしてその不安が、

「ここにいる意味がないのではないか」

という感覚にまで広がってしまうことがあります。

真面目な人ほど抜け出しにくい理由

この固定点の厄介なところは、真面目さや責任感と非常に相性がいいことです。

不安になる。

すると、もっと役に立とうとします。

人より先に動く。
さらに気を配る。
期待以上のことをする。

そうすると、感謝されたり、頼られたりします。

そして、一度安心します。

ところが、その安心は長く続きません。

また評価が曖昧になったり、役割が減ったりすると、不安になります。

すると、さらに役に立とうとします。

つまり、

不安になる

もっと役に立とうとする

安心する

役割や評価が曖昧になる

また不安になる

さらに役に立とうとする

という循環が起こります。

ここで重要なのは、「役に立つ」という行動によって、実際に不安が和らいでいることです。

だから、この行動は簡単にはやめられません。

本人にとっては、単に頑張っているだけではなく、自分の足場を守る方法にもなっているからです。

その結果、努力が、

前に進むためではなく、

「自分の居場所を失わないため」

に使われるようになることがあります。

ここで大事な区別があります

役に立つこと自体は、悪いことではありません。

誰かを支えることも、場を整えることも、期待に応えることも、大切な働きです。

それを無理にやめる必要はありません。

問題になるのは、

「役に立つこと」が、そのまま「ここにいていい理由」になってしまうことです。

ここには、大事な区別があります。

必要とされることと、そこにいていいことは、同じではありません。

必要とされることは、役割の話です。

そこにいていいことは、存在の話です。

役割には増減があります。

必要とされる時もあれば、されない時もあります。

忙しい時もあれば、暇な時もあります。

誰かを支えられる時もあれば、自分のことで手いっぱいになる時もあります。

それは自然なことです。

ところが、「役割」と「存在」が強く結びついていると、

役割が減っただけなのに、存在する許可まで失ったように感じてしまいます。

だから苦しくなります。

「位置をずらす」とはどういうことか

では、この固定点から離れるにはどうすればいいのでしょうか。

「役に立たなくても自分には価値がある」

と何度も言い聞かせればいいのでしょうか。

それで楽になる人もいるかもしれません。

ただ、長い時間をかけて身についた感覚は、正しい言葉を一つ置いただけでは簡単には変わりません。

無理に考え方を変えようとしなくても大丈夫です。

最初にできることは、もっと小さなことです。

自分の中で、

「役割」と「存在」がくっついた瞬間に気づくことです。

たとえば、誰からも感謝されなかった日に、

「今日は何の役にも立てなかった」

と感じたとします。

その時、すぐに

「そんなことを考えてはいけない」
「自分には価値があると思わなければ」

と打ち消す必要はありません。

代わりに、一つだけ確認します。

「いま私は、『役割が見えないこと』と『自分に価値がないこと』を同じものとして感じていないだろうか」と。

答えを出す必要はありません。

ただ、二つがくっついていることに気づくだけでも十分です。

役割について不安になることと、自分の存在そのものを否定することの間に、ほんの少し隙間をつくる。

それが、ここでいう「位置をずらす」ということです。

最後に

役に立つことは大切です。

誰かを助けることも、支えることも、期待に応えることも、あなたの大切な働きの一部です。

でも、それがあなたの全部ではありません。

うまく返せる日もあります。
あまり返せない日もあります。

誰かの役に立てる時間もあれば、自分のことで手いっぱいになる時間もあります。

必要とされる時もあれば、役割がほとんどない時もあります。

その増減に合わせて、存在そのものまで増えたり減ったりしているわけではありません。

もし今、

・評価が曖昧なだけで不安になる
・成果が見えないだけで、自分が何をしているのか分からなくなる
・感謝が減るだけで、足場が抜けるように感じる

そんなことがあるなら、それをすぐに「自分の弱さ」と考える必要はありません。

もしかすると、自分の価値を確認する場所が、「役割」の側に少し偏っているのかもしれません。

必要なのは、役に立つことをやめることではありません。

役に立つ自分を否定することでもありません。

ただ、役に立つことと、ここにいていいことを、少しずつ別のものとして
扱えるようになることです。

役割が揺れた時に、存在まで一緒に揺らさない。

最初からうまくできなくてもかまいません。

まずは、「いま、役割の話が存在の話にすり替わっていないだろうか」
と気づけるだけでも、少しずつ変わっていきます。

役に立たない時間があることと、価値がないことは、同じではありません。

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