彼の物語(タイガと言う大樹)

彼の物語は、愛の物語だ。

愛とは、それぞれの魂が生まれ落ちた環境が作り出す

実際的なものだ。

観念的な愛では、人は、どこにもいけない。

育つことが出来ない。

虐待され幼く亡くなることがあっても、それもその環境が

作り出す現実的なものなのだ。

それが、愛なのか?と問うだろう。

確かに、理想的な愛ではないけれども、種は、落ちた場所で

根を張って育っていくしかない。

土と水は、身体が育つのに必要な愛だ。

土にまったく栄養が無いかも知れない、水には、有毒な成分が

含まれているかも知れない、それでも、それを吸って魂は、

現実の中で育っていくしかない。

彼は、このような愛の中に産み落とされた沢山の魂を知っていた。

だから、という訳ではないけれども、自分自身が生まれ落ちた

環境で吸収出来る養分を精一杯吸いあげて成長し、彼なりに目標を

見つけて一歩ずつ成長を重ねていった。

彼はとても明晰な頭脳を持っていたから、次第に吸収する養分を

取捨選択するようになっていった。

研究熱心だった。

そして自分自身の周囲の環境の外から養分を取り入れられることに

気が付き、更に飛躍的に成長していった。

その結果、周囲の環境が求める彼と更にその遠くの円が求める彼との

間に大きな溝が出来ていった。

彼の周囲の環境は、彼が必要以上に成長することを好まなかった。

それを不思議に思う必要はない。

ある意味、人は森だ。

何かが育ち過ぎれば、その周囲の植物は、成長を抑え込まれてしまう。

彼は、彼の環境から間引かれることになった。

彼が、望んで努力したような「タイガ」の大木になっては、困るからだ。

アスファルトとコンクリートで囲まれた歩道を恋人たちが、愛を

囁きながら歩く様子を、彼は、大樹になろうとしながら、眺めていた。

彼は、具体的な愛は、愛ではないと思っていた。

誘われても、その歩道を歩く気には、ならなかった。

成長する意欲が旺盛な彼の根は、具体的な愛を交し合う恋人たちの

大切な歩道に亀裂を与え始めていた。

そして彼の葉は、彼の環境が望むよりも生い茂り、具体的な愛を交わす

様々なカップルの光を遮り始めていた。

ある日、彼の太く育った幹にスプレーでしるしが付けられた。

それは、決められた日時に伐採するためのものだった。

彼は、具体的な愛を語り合うための歩道を、森に返してしまうくらいの

大木になれるはずだった。

彼がタイガの森に成長する前に伐採された。

そして新たに具体的な愛を語り合う歩道を壊さないサイズの街路樹が

植えられた。

それと同時に地中に彼の根っこが残らないように、アスファルトやコンク

リートを多少剝がしてでも、周囲の環境は、彼のタイガの大樹の後始末を

丁寧に行っている。

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