朝倉澪はなぜ「愚者」なのか|ホロスコープで読み解く自由と成長

出会い

太陽:魚座7°
月:射手座19°
水星:魚座18°
金星:水瓶座9°
火星:水瓶座6°
木星:乙女座10°R
土星:水瓶座12°
天王星:山羊座16°
海王星:山羊座18°
冥王星:蠍座22°R
ASC:牡牛座14°
MC:水瓶座5°。

朝倉澪は「愚者」の何を持っているのか

澪の「愚者」らしさは、単純な自由人ということではありません。
愚者の本質は、まだ決まっていないことを恐れないことです。
愚者は完成された目的地を持って旅立つ人物ではありません。
「こちらへ行けば正解」という保証がなくても、とりあえず一歩を踏み出せるのです。
澪の、面白そうなら、一度行ってみる。
違ったらやめればいい。
という人生観は、まさにそこにあります。
ですから「とりあえず同居してみた」という副題も、実はかなり本質的です。
「とりあえず」は澪の軽薄さではなく、未来を確定させなくても動ける能力なんですね。

月・射手座――「次」を怖がらない

出生図で、この愚者性を最も分かりやすく表しているのが射手座19度の月でしょう。
月は、理屈以前の反応や安心のあり方を示します。
澪にとって安心とは、必ずしも「同じ場所にずっといること」ではありません。
むしろ、まだ知らない場所がある。
次に何が起こるか分からない。
嫌なら別の道へ行ける。
という余白そのものが、精神的な安心につながっています。

「世界にはいつも出口がある。それが自由だと思ってきた。」
という感覚は、射手座の月と非常にきれいに重なります。
普通なら「出口があるから安心する」なのですが、澪の場合はもう一歩進んで、
出口があるからこそ、その場所に入っていけます。

知らない男とのルームシェアにも、
「一生ここに住むわけじゃない」
「変なら出ればいい」という出口があります。
だから入れるのです。
これは愚者の「崖の縁まで歩いていける」という性質にも通じます。

水瓶座――人の決めた「普通」に従わない

そして澪には、水瓶座が非常に強く出ています。
金星・火星・土星が水瓶座にあり、しかもMCも水瓶座です。
ここが、射手座の月とは少し違う種類の自由を作っています。
射手座が、「行きたいところなら、どこへ行ってもいい」という自由なら、
水瓶座は、「どう生きるかを他人に決められたくない」という自由です。

井森との、「共有スペースだぞ」
「細かくない?」
「普通だ」
「井森の普通でしょ」
「共同生活の普通だ」
「共同生活の国際規格でもあるの?」
という会話は、かなり射手座的です。

澪が反発しているのは片づけそのものだけではありません。
「普通なんだから従え」という論理が嫌なんです。
「その普通は誰が決めたの?」
という問いを自然に返す。
この辺りは、水瓶座的です。

これも愚者とよく似ています。
愚者は、社会の中ですでに成立している価値体系の外側に立てる人物です。
だから「選ばれていた」ことが最大の地雷になります。
澪は、「男とのルームシェアだから嫌」なのでも、
「霊能力に巻き込まれたから嫌」なのでもありません。
一番許せないのは、自分が自由意思で選んだと思っていた最初の一歩まで、
誰かに設計されていたことでしょう。
候補者を集め、性格を調べ、相性を調べ、「朝倉澪なら井森を動かせる」
と選定されていたことは、それが、仮に井森の先祖霊(幽霊)であっても、
月射手座と水瓶座の強い澪に対する、かなり残酷な仕掛けです。
なぜなら彼女が最も大切にしている、「私は私の行き先を自分で決める」
という自己認識そのものを壊すからです。

太陽・魚座――ところが澪は、思っているほど「切れない」

一方で、澪を単純な放浪者にしないのが魚座7度の太陽です。
月射手座と水瓶座群だけなら、「嫌なら出ればいい」
「次へ行こう」で終われる人物になりますが、澪はそうなりません。
井森との関係について、恋愛なら、もう少し分かりやすかった気がすると
考えるでしょう。
そして、いつの間にか、恋愛の順番を全部飛ばして、生活の中にいたのです。
この「いつの間にか」が重要です。

魚座は、境界が非常に曖昧です。
ここからここまでが私。
ここからがあなた。
これは恋愛。
これは友情。
これはただの同居。
そうやって明確に分類するより、気づいたときには混ざっています。
澪自身は「私は自由に出ていける人間だ」と思っています。
実際、出ていけます。
荷造りだって早くできます。
ところが、物理的に家から出たあとになっても、井森との生活の記憶は、
澪の中から簡単には出ていかないのです。

ASC牡牛座――「愚者」に対する隠れたカウンター

特に面白いのが牡牛座ASCです。
第一印象としての澪は、射手座や水瓶座ほど突飛には見えないでしょう。
朝倉澪は、自分の感覚を持っていて、現実的で、意外と落ち着いています。
だから、立地がいい。
広い。
設備も悪くない。
そして、あり得ないほど家賃が安い。
と、ちゃんと物件として評価していきます。

牡牛座にはもう一つ、「自分にとって心地よいものを、自分の生活として定着させる」
という性質があります。
最初は何も持たないつもりだったのに、紙袋、本、マグカップ、クッション、調味料……。
好きな物が増えていきます。
澪自身も気づかないうちに、「仮住まい」が「自分の場所」になっていきます。
愚者として歩き続けてきた澪の中には、最初から牡牛座的な、
「ここを自分の場所にする」能力も存在していたのです。
そして水瓶座の土星が「自由」を難しくする
さらに重要なのが、水瓶座に土星までいることです。
澪にとって自由は重要です。
しかし土星がある以上、「自由」というテーマは、単に得意なだけでは終わりません。
人生の中で何度も、そもそも自由とは何なのかを問われることになります。
誰にも拘束されないことなのか。
いつでも出ていけることなのか。
何にも執着しないことなのか。
それとも、出ていくこともできる人間が、自分の意思で誰かとの関係を選ぶことなのか。
出ていけるのに、出ていかないことを選ぶのも、自由なのだろうか。
澪という「愚者」の成長テーマそのものです。

「愚者」が愚者でなくなる話ではない

澪の成長を、
自由奔放だった女性が、誰かと出会って落ち着くことではありません。
澪は最後まで愚者です。
知らないところへ行きたい。
面白ければ飛び込む。
未来を決めすぎない。
嫌ならやめる。
他人の「普通」を疑う。

井森との出会いによって、
自由=行くことも、留まることも、自分で選べること
へ少しだけ意味が広がったのです。
ですから最後に澪は井森のところへ戻る必要すらないのです。
電車に乗ったままでいい。
答えも出なくていい。
むしろ答えが決まっていない状態が「愚者」らしいでしょう。

冒頭の澪は「未来が決まっていないから軽い」。
ラストの澪も「未来はまだ決まっていない」。
一見すると同じ場所に戻っています。
しかし、その「未決定」の中身だけが変わっています。
最初は、どこへでも行ける澪です。
最後には、どこへでも行けるし、もしかすると、どこかに留まってもいい
澪になっています。

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