魚座のメンヘラについて

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「魚座 メンヘラ」でブログ内検索されていたので

以前、書いたかも知れませんが、魚座のメンヘラに

ついて書いています。

そもそもの問題として魚座の世界には、12星座の

最後のサイン(星座)ということで全ての要素が

含まれています。

魚座の世界と魚座の人とが違いますが、魚座の人も

魚座の世界と同じように様々な要素に対して

肯定したい信じたいという姿勢が内在しています。

これは超が付くほどのヒューマニズムな姿勢です。

ところが私たち地球上の生き物は、それぞれの違いを

際立たせ奪い合いを続けています。

理念としては誰もが魚座の愛を持つべきですが、

現実を突き詰めると人類は他の一切の生物に

その地位を譲るしかありません。

共存すべきですが、人類は他の生き物とそれは

出来ません。

何らかの形で強い負担を押し付けることになります。

しかしそんな魚座的な愛である究極の自己犠牲を

実践するわけにはいきません。

人類が滅んでしまうからです。

魚座に内在しているそれまでの全てのサイン(星座)の

要素を思いやることを大袈裟に言えばこんな

感じになります。

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このような自己犠牲的な愛を潜在的に持つ魚座は

様々な現実に直面するたびに気持ちが揺れます。

優しいから揺れるのです。

これが魚座のメンヘラの本質です。

揺れている間は、平和です。

魚座の人が揺れることをやめて気持ちを定めたら

その愛は怖いものになります。

内向すればメンヘラになるでしょうし、何かの拍子に

魚座の愛の本質を理解して本当のヒューマニズムに

目覚めたら非常識な言動を断行します。

これは魚座の恐怖のシナリオです。

魚座の世界の役割は、全ての世界を一度終わらせて

新世界(新しい牡羊座の世界)にバトンタッチすることです。

それまでの世界は、消滅します。

現実問題として魚座の人は、そんなことはしませんが、

(たまに激しい平和活動に身を投じる人がいます。)

そのような愛を持っています。

「かたち あるもの」という歌詞の中で

ここから引用

もしもあなたが寂しい時に

ただそばにいる

ことさえできないけど

引用ここまで

魚座の世界にある愛は、

「君が寂しい時はそばにいるよ」ではなく

「ただそばにいることさえできない」のです。

メンヘラになりますよね。

ですから魚座の人は、揺れていることが正しいのです。

上記のような理由で魚座の人のメンヘラは、正しいことだと

考えています。

魚座の人は、揺れまいとするよりも如何に美しく

揺れるか、楽しく揺れるか、優しく揺れるかだと思います。

それが理解出来れば醜くも、悲しくも、激しくも

揺れることは怖くないはずです。

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