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父と母が小さな丸いテーブルを挟んで座ってテレビを観ている。
父親は母親が出した食後のお茶を手に握ったままだ。
僕はその様子を壁に張り付いて見ていた。
二人共僕がいないことをまるで気にしていない。
僕は壁を降りて湿った土の上を歩き続け程なく
打ち捨てられた祠の前を抜けて小さな泉の前に来る。
父親も母親もまるで僕がこの世にいないと思っているみたいだ。
しかしそのことも、父親も母親のこともそれほど気にならない。
僕は小さな泉の前に辿り着く。
最近、毎晩のようにここに来るけれどもいつから通っているのか
まるで思い出せない。
僕は美しい何かを目指していたはずだった。
小さな泉の水面には、小さな月が浮かんでいる。
「おいで○○くん」
女の子の声が聴こえる。
聞こえるのではなく聴こえるのだ。
女の子の声が僕の体の中で鳴り響く。
僕はもう女の子の声に逆らうことが出来ない。
体全体で「おいで」という言葉が響いている。
すでに僕は何もかも忘れていたけれども
最後の気がかりはお母さんとお父さんのことだった。
女の子の声に呼ばれるままに冷たい水の中に飛び込んだ時に
もう何もかも消えた。
体を一つの長い塊のようにして全体をしなやかにくねらせながら
底へ向かって泳いでいった。
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