愛があるのか?ないのか?

現実の愛は、人の数だけ違いがあります。

それは、それぞれに、ホロスコープが違うからだ

とも言えますし、完全に同じホロスコープで、

同じ病院で生まれたとしても、両親から受ける

影響が異なります。

そうであれば、愛とは、何だろう?ということに

なります。

細かいことを端折れば、相互に影響を与え合うこと

と理解しています。

影響を与えたとしても心を閉ざした状態でコントロール

するのであれば、相手をモノ的に見ていることに

なります。

今、世間を騒がせている有名な人は、その真偽が

どうであれ関係を持った相手の人柄等、記憶して

いないでしょうし、顔も覚えてもいないでしょう。

そして、当然、そのことを寂しいとも感じていない

でしょう。

恐ろしいことです。

モテることは、悪いことでは、ありません。

しかし、お互いに人として、流れ入る影響を無視した

場合には、それをシャットアウトした量が限界を

超えてしまうと、モノ的に扱うための壁が崩れて

しまうのでは、ないでしょうか?

ユーチューバーのぷろたんが、関係を持った相手の

メモを公開されて、しばらく炎上していましたが、

関係を持てたことが嬉しくて、それを忘れたくなかった

のかも知れません。

自分自身が、どのような相手と関係を持ったのかを

覚えていたかったのかも知れません。

そういうことが気持ち悪いという側面も当然あるかも

知れませんが、立場の下の人に、女性をモノ的に

集めさせて関係を持っても、人として相手のことを

記憶すらしていないでしょう。

出来れば、お互いの性質が流れ入るだけではなく、それが、

双方にとって建設的に働くことを愛と名付けてみても

良いかも知れません。

占い的には、相性と呼ばれるものになるかも知れませんが、

相性は、全てが合致するから、良い相性になるわけではなく、

コミュニケーションを重ねることで流れ入るものを、良い

影響として活かせること、配置し直すことも必ず含まれます。

相手の人柄みたいなものを認識しないことが、目的によっては、

楽な場合もあるかも知れませんが、それは、人をモノとして

扱っています。

愛がないのに、探し出して、接待のために手配するという行為を

なんと呼べば良いのか、分かりませんが、少なくとも愛では、

ないでしょう。

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