美しい人のための祈り・父の息子

願いを叶えたり幸運になることと

呪いをかけることは構造的には、同じです。

人の気持ちは絶対ではありません。

幾らでも変わります。

変わらざるを得ない状況に置かれると

理性が違うことを認識していても

流されます。

今日は、美しい人の戦いが終わった日です。

(スピリチュアルな気付きを基準に書いています。

具体的な事実は、一切関係ありません。)

いまから77年前までは、非人間的なことが公然と行われました。

もちろん、日本人も行い、そして多くの日本人も酷い目にありました。

普通の状況で起こらないような残酷なことが国の正義の名の下に

行われたりしました。

そして何もかも終わった日は、そのような正義が間違いだったと

否定された日でもあります。

そような正義を信じていた人にはショックです。

美しい人を傷付けることに加担した人たちも、この戦いが終われば

間違いに気付くのでしょうか?

そのような極限状態でも、人としての正義を見失わなかった人も

いますが、それはそれで恐ろしく非難されたり、激しい拷問に

かけられたりしました。

私たちは、簡単に全体的な空気に飲み込まれてしまう

空っぽな存在です。

みんなが一人の子を苛めれば、よってたかって

更に苛めたり、見て見ぬふりをします。

苛められた子を庇うことで、庇った子も

イジメにあうことも多々あるでしょう。

国の非常事態もイジメも本質的には大差がなく、空っぽな心に

憎しみを呼び込む段取りを誰がするかの問題だけです。

憎しみを呼び込むには、そのような感情を呼び起こし、自分の心に

招き入れる言葉を沢山使えば良いのです。

誰かを否定する言葉を使い、イジメならば、苛める子の悪口を

あることないこと言えば良いのです。

そのような言葉使いをすることで、

人の心は、嫉妬や憎悪を流すパイプになります。

平和や愛情や幸運は、この逆です。

善い言葉で素晴らしい豊かさを呼び込んで

心の中を滔々と流れるようにすれば良いのです。

人の心は、空っぽの器です。

器というよりも、パイプのようなものです。

他人の心と繋がって、自分自身の言葉で

自分にあったエネルギーを呼び込みます。

何を呼び込んでいるかの違いがあるだけです。

世の中に憎悪が満ちていけば、とんでもないことになります。

世の中とは、一人一人の心です。

見えないパイプで繋がっていて共鳴します。

美しい人のために平和を祈りましょう。

理不尽な行為で傷付いた人たちのために祈りましょう。

それぞれの金星が望む様な楽しいことを考えましょう。

ついでに楽しいエネルギーで、呪いに捕らわれている

悪意に満ちた心も無化してあげましょう。

今の美しい人のソードのクイーン(光)へ

窓に映っている美しい人の横顔が美しい人の実父に

重なった気がします。

美しい人は、無意識の中で(もう死後かも知れません)父親を探した。

薄暗い地下水路は、流れる水を中央にして左右に細い側道がありました。

美しい人が右側なのか、美しい人の実父が左側なのかは、分かりません。

ただお互い異なる方向に向かって歩いていきます。

美しい人は、父親に気付いて叫びました。

しかし声にならないのです。

美しい人の実父は、美しい人に気がつかないまま、真っ直ぐに前を向いて

歩いて行きました。

二人共死後なのでしょうか?

美しい人が助けを求めただけなのでしょうか。

美しい人が失ったものを取り戻してあげることが出来るのでしょうか?

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