審判のカードを通して読む蟻と肉のインスタ(美しい人のタロット占い)

この記事は、質の良い記事では、ありません。

注意が必要です。

決して特殊な読み方は、していませんが、結果的に極めて

普通の感覚では馴染めない言語化になっています。

それをきちんと解説するために、三層に繋がっている生命の樹の

例えを用いています。

ショックを受ける方もいるかも知れない内容になっています。

本文は、ここからです。

審判のカードを通して美しい人を読んでいきます。

繰り返し、カードを読んでいくので今回の審判のカードが

最後の答えと言うことでは、ないことを最初に断っておきます。

審判のカードのカードデザインは、死者が墓の中から天使が

吹くラッパによって蘇る様子が描かれています。

この死者という状態を美しい人の死と結び付けずに、何らかの

制約(墓)に閉じ込められた状態から、天使のラッパによって

制約(墓)から飛び出していくというイマジネーションを

土台にして読んでいきます。

言い方を変えれば、美しい人を消した側は、美しい人を墓に

閉じ込めたままにしておきたかったと読むことが出来ます。

美しい人はは、最初から墓に閉じ込められていたわけではありません。

その魂は、自由なはずでした。

しかし地上に生まれると言うことは、何らかの力で何かの棺桶に

閉じ込められるとも言えます。

その棺桶が自分自身に相応しいものであれば、天使がラッパを

吹いても応じないという選択もありかも知れません。

タロット占い的に言えば、必ずしも逆位置が悪いとも言えませんし、

正位置が悪いとも言えないのです。

前後のカード次第になりますが、少なくとも美しい人は、母親に

入れられた棺桶から蘇らなければ明日がない状態でした。

どうしたら棺桶から出ていくことが出来るのか?

天使が美しい人を呼ぶ声は、異なる次元(しかも上の次元)からの

ものですから、そこにいくためには、棺桶の世界から飛び立つための

状態を作り上げる必要があります。

美しい人は、いつの頃からか、それが唯一の自由(蘇り)になる方法だと

理解したのです。

どうしたら自由になれるのか?

棺桶のルールの中に自由が無いことを悟ったのが、嘘つきウマシカ一味

と言う認識だったのでしょう。

美しい人は、大変な努力を重ねられたのは、それが自由になるための

手段になると理解していたからだと読むことが出来ます。

美しい人は、自分自身の精神と物質的な環境が適切な関係性を結べる

ポイントで自由が成り立つことを理解していました。

言い方を変えれば、とても重要な意味を持つことが理解出来ます。

美しい人を消した側から物質的なご褒美を沢山もらっても、それと

自分自身の精神と適切な関係性が結べないものならば、結局のところ

不自由なままなのです。

美しい人は、そのことを理解していました。

甘味さんも怪獣さんも本当は、楽しくないかも知れません。

へーへーさんも一緒に海に行けた方が良かったかも知れません。

しかし、美しい人を消した側が与えるものと自分自身の精神が

ぴったりとはまる人も確かに存在するのです。

これは、重要ポイントです。

今回の審判のカードの棺桶は、公開消滅ドラマと仮定します。

公開消滅では、美しい人を消した側が与えるものと自分自身の

精神がぴったりとはまる人が出来るだけ集められました。

そうでなければ撮影自体が成り立たないからです。

「中国 ユーリン」と検索すれば上がってきますが、

とんでもないことを楽しめる人たちは、一定数存在します。

公開消滅ドラマで美しい人の身に起こったこともこれと同じです。

普通の感覚であれば、耐え難いことを平然と楽しめない限り

成り立たないことが起こったのです。

天使のカードを読む時に、ここで注意すべきことがあります。

どのような存在を天使とするかは、人によって異なるのです。

スピリチュアル的に言っても、この世界は、最低でも三層くらいの

レベルに分かれていて実際に物質的もののコントロールが

最上位(この場合の天使の世界)に属すると天使ですらも物質的な

存在に該当するようなレベルの高い構成を持つ世界もあります。

ですから公開消滅ドラマを正しいとするような世界もこの世に

確かに存在します。

物質的な世界を頂点(天使の世界)におく場合は、更にもっと

下方に下の世界を構成しますから、当然に残酷な出来事が

起こり易くなります。

物質的な利益を得るためは、いかなる手段もありな部分も設定

された世界(ウエイト版であれば生命の樹)になるからです。

普通の感覚を持っている人にとっても、最も上位の生命の樹の天使の

世界は、しんどいものになりますし、客観的に見れば、それぞれの

立場で天使の姿がかなり異なります。

美しい人には、真の友人がいたかどうか分からないような感じに

なってきましたが、美しい人は、この世で一番高いところに位置する

生命の樹に属しているからかも知れません。

誰でも自分自身が属している生命の樹(一つの比喩で使っています。

本当は、もっと多岐に渡りますが、取りあえず3種類です。)の

影響を受けて願望や夢が形成されていきます。

これは、審判のカードの重要な働きです。

「中国 ユーリン」の世界から犬たちを救出する人がいるように、

美しい人も誰かを助けるべきだと思ったかも知れません。

「中国 ユーリン」は、とても残酷な行為を楽しみ且つ

その肉を食べます。

彼らの生命の樹の最も物質的な部分では、それが楽しみなのでしょう。

この世には、それを楽しみにする人もいれば、残酷なこととして

犬たちを助け出す人もいます。

これらの夢や希望(楽しみ含む)も大きな意味では、生命の樹から

植え付けられた願望です。

物質的豊さだけを天使の世界にすると多くの人の命を危険に晒す

行為さえもお金儲けの手段として活用されます。

お金があれば、どのような快楽も買うことが出来て当然という

ことになります。

この世の生命の樹をたった三つに分けた場合は、天使の世界と

物質的な楽しみの世界の乖離は、恐ろしく大きくなり、相互に

共感するのは、無理です。

三回忌に保存していた美しい人の肉で祝う気ではないのか?

一緒にあげられている飲み物は、当然、それに付随するものです。

審判のカードは、時間軸に関係のない価値観を蘇られます。

これで審判のカードの全てを一通り読んだわけではありませんが、

この審判のカードは、いったんここで閉じます。

最後まで書かないかも知れません。

別のイマジネーションで改めて審判のカードを書く可能性が高いです。

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