運の良くないホロスコープでも楽しく生きる仕組み作り

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一般的な世の中の幸運基準に併せて考えると

明らかにそれに対応する幸運なホロスコープ

というものはあります。

金運や社会運は無いよりもあった方が

良いですし、モテないよりもモテた方が

良いでしょう。

頭も悪いよりは良い方が良いでしょう。

しかしこのような単純な判別の仕方は

特定の基準があるからです。

特定の基準とは社会の中心に近いものです。

運の良くないホロスコープは、中心から

遠ざかれば遠ざかるほど大変な内容になる

という考え方も出来ます。

人が運の良い状態を好むのは、そこには

生を謳歌する姿や場所があるからです。

そして中心から遠ざかれば遠ざかるほど

死のイメージに近づきます。

運が悪いと死にたいとか思ったりしますが、

あれは嘘ではありません。

運が悪い状態は確実に死に近い状態です。

ところがここで待ったです。

人という存在は魂と身体はセットになっています。

魂が無ければゾンビです。

ゾンビ映画が好まれるのは、物質的な繁栄に

偏り過ぎた人間から虚飾を剥ぎ取った姿を

描いているからではないでしょうか。

少なくともゾンビという存在は私たちの中にある

ものの一部を表しています。

運が悪いホロスコープは死に近いものだと

書きましたが、それはある意味魂寄りの

ホロスコープとして見たらどうでしょうか。

価値の逆転です。

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ゲゲゲの鬼太郎ではありませんが、お化けの

世界には学校も試験もないと歌っています。

もちろん、お化けの世界なりの仕組みがあり

その中での大変さや豊かさ、つまり秩序があります。

本来の占いは、そのような見えない世界側から

見える世界の盲点を見抜くことで現実的な豊かさを

得る幸運術とも言えます。

独裁政権の圧倒的な権力者であれば、内面から

沸き起こる不安を無視してルール無用のゾンビ

みたいな振る舞いはいくらでも出来ます。

欲に任せて他人の命を食らい続けるゾンビです。

魂が見えないプレッシャーを感じるほど

ゾンビのような振る舞いは暴走します。

運の悪いホロスコープを持つ場合は、思い切って

見えない世界をみようとすることで、魂側の

秩序で暮らすことが出来ます。

本当は運が悪いと言うのもおかしな言い方であって

楽しく生きることが出来る世界が違うだけです。

現実的な幸運の中心に近いところに適応した

ホロスコープを持つ人にも魂的側面を満たすニーズは

ありますし、魂側世界に適正があるタイプの人にも

身体的ニーズを満たす必要があります。

交易ではありませんが、上手くやり取り出来る

効率的なコミュニケーションを構築出来れば

現実的にも困りません。

かなり前置きが長くなりましたから、この記事では

結論だけを書きます。

運が悪いように思えるホロスコープを持つ人は、

魂側に視点を持つことと直感的に情報や利益を

つかむために常に自分なりの結界の整備を

怠らないことです。

結界の整備は、魂側のタイプの人それぞれに

よってまったく異なります。

個性にあったものになります。

しかし見つけることは簡単です。

そのようなタイプの人は直感的に自分に必要な

ことを常に感じています。

本当に運が悪い間はそれを無視してノウハウ的に

運の良くなる努力をしています。

ちゃんと魂側に繋がり続けていれば必要な閃きや

守護、出会い、気付きが得られるはずです。

ホロスコープを見るときに目を皿のようにして

幸運なポイントを探すのではなく可能な限り

ありのままに見ることが出来れば自分にあった

幸運のポイントは沢山見つかります。

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