偶然の運不運と守護霊

スピリチュアルな視点で考えると世の中には、様々な意識が

飛び交っていて自分自身が何と遭遇するかでいくらでも

展開が変わります。

気味の悪いことを書きますが、誰もが狙われてもいますし、

守られてもいます。

偶然に悪いことがあったとか、たまたま良いことがあったとか

一喜一憂する背景には様々なエネルギーが小さな渦や

大きな渦を作りながらせめぎ合っているのです。

悪意は、物陰にいくつか隠れていて待機しています。

それでも守る方も頑張っていますから悪意がそこを

出て行くのを確認して移動します。

そもそも自分自身が整っていれば側をすれ違っても

悪意と直接的に触れ合うことはありません。

見ない聞かない匂いも気配もない状態でやり過ごした方が

良いですからなるだけ守る方は、何かと配慮します。

一つの悪い意識が飛び出していった後もしばらく様子を見ます。

するともう一つ飛び出して来たりします。

かなり厄介な悪意は、狙った相手を自分たちのエリアに

引き込むために5回、6回と長い間隔を開けて油断させます。

守る方もプロですから、そのようなやり方を読んで

どれくらいの数が潜んでいるか眺めているのです。

また場合によっては、悪意は、狙っている意識を取り込むために

あちこちで待ち伏せをします。

狙っている意識が出入りするありとあらゆるポイントに

呪いみたいなものをかけて通過したことを把握しようとします。

場合によっては、狙っている意識が休む場所を覗き込む力を

行使します。

このように書くと悪い意識は、とても恐ろしい存在のように

思えますが、狙われている意識が自分自身を整えている限り

直接的に触れることが出来ません。

一枚のガラスで仕切られているような決定的に存在する

空間に違いがあります。

それが何かの拍子に破られてしまって狙われている意識が

現実的に何らかの被害に遭うようなことが無いように

守っている意識も何かと気を配っているのです。

私たちに出来ることは、守ってくれている意識が守り易いように

日常生活を出来るだけ丁寧に送るだけです。

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