死後の世界と生きること(愚者のカード)

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生きたまま完全に異なる世界に移動することは

基本的に無理な面があります。

当たり前過ぎることですが、今の現実から飛び出して

しまえば、この世で培ってきた様々なものは、

消えてしまいます。

そこでの財産や常識や価値観は一切運べません。

完全に現実を移動するには、物質的なものは何も

運ぶことが出来ずに移動が死であれば肉体が無くなり、

この世に生まれて来ることであれば小さく無力な

肉体が与えられます。

ただこのようなことは、生まれて来たばかりの時は

考えませんから異なる世界に移動しようとすることは

物質的な蓄積やこれまで当然と思っていたことが

一切意味を持たない世界に移行することだけを意味します。

死です。

知識も経験も無効化してしまうのです。

自分自身の力で再生するのは、完全に不可能な状態になります。

あるとすれば直感みたいなものだけです。

しかしちょっと考えれば分かることですが、勝手に上の次元に

入ることは、不可能です。

勝手に侵入出来るのは、下の次元だけです。

上に入る時には、許可が要ります。

もっと言えば上の世界から吸い込んでもらうような形で

呼ばれないと無理です。

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通路が開いて「おいで○○くん」と呼ばれるのです。

「おいで○○さん」と声をかけられるのです。

そうやって初めて希望を持ってスタート地点に立てます。

誕生した瞬間です。

誰にも呼ばれずに勝手に異なる次元に向かえば下にしか

いけませんから希望も何もない欲望だらけの世界に

立つことになります。

呼ばれたのであれば、愛を受け取る器である心を持てます。

この際には、それまでの常識や価値観や身体や財産といった

ありとあらゆるものは、不要になります。

これがもし自ら低い次元にジャンプした場合は、強制的に

れまでの常識や価値観や身体や財産といったありと

あらゆるものを誰かに明け渡すことになります。

しかし上のレベルに引っ張ってもらっても下のレベルに

ジャンプしたつもりで落ちて行っても、そこで「閃き」を

高めていく何らかの努力をすることになります。

下に落ちてしまうと質は落ちますが構造的には似通っています。

しかしあまりにも何段階もレベルが異なると人の形は

維持出来ていないかも知れません。

ただ隣り合うくらいのズレであればクオリティーは

落ちても形は、似ているでしょう。

上のレベルに引っ張られても下のレベルにジャンプ(落ちて)

しても異なる世界に移行すれば、それまでの前提は全て

消えてしまいます。

言い方を変えれば前提が残っている間は、移動したとは言えません。

前提が消え去ってしまったことすら気が付かない状態が

真の意味で移動を終えたということになります。

亡くなって49年目に向かえる50回忌は、弔い上げです。

仏教的な考えでは、どのような死に方をしようと天国に

いけると言われています。

仏教ですから極楽浄土ということでしょう。

愚者のカードのリセット効果は、新しい経験を積むためのものです。

上に呼ばれても下にジャンプ(落下)しても自分自身を

弔い上げ出来るくらい継続出来れば割と楽しい境地になる可能性が

あると言えるのかも知れません。

占星術的には、最初の進行の月のスタートから50年と

言ったところでしょうか。

大方の人は、60歳から70歳くらいの間になると思います。

土星期に入っています。

弔い上げという概念は、それくらい経過すれば身内も負担を

負わなくて良いと言うか寿命の関係だと思いますが

個人天体と言われる土星期までの間に何とか人生を仕上げていく

ことが愚者のカードの経験を積むということになるのでしょう。

愚者のカードの経験は、新しさを含みますから、挑戦と言っても

良いかも知れません。

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