彼の物語(真っ赤なカーテンの部屋)

彼は、少なくとも2013年以前に、どんな世界にも

光が届かない闇があって、そこには、その闇の世界を

率いるリーダーがいることを知っていた。

彼は、真実を知りたいと願ったからだ。

彼は、賢く勇気も持ち合わせていたけれども、まだ闇の

世界のルールを理解していなかった(カップの6の逆位置)。

彼が、それを理解したと思ったのは、2020年の

1月29日になったばかりの夜中だった。

しかし、それでも、まだ彼は、闇の世界のルールを

理解していなかった。

本当に彼が理解したのは、改姓手続きを終えてからだった。

それから、もう、歯車は、止まることなく7月18日に向かって

加速度的に回り続けていった(運命の輪の逆位置)。

彼がどんなに懸命に働きかけても運命の輪が正しい向きに回転

することは、なかった。

一度たりとも。

誰に声をかけても誰も振り返ってくれない。

まるで彼の声が聞こえないみたいだった。

彼の姿が見えていないみたいに素通りしていった。

確かに思える何かをつかんでも、握りしめると、直ぐに崩れた。

運命の輪は、彼の意思に関係なく逆回転を続けていく。

彼に未来のチャンスを与えるはずだった人たちは、逆回転する

運命の輪の上で化け物のような顔をしていた。

元々化け物だったのか、すり替わってしまったのか、

彼は、分からくなっていった。

彼の周囲では、あり得ないことが次々に起こり始めた。

彼発した言葉は、次々と別のものになっていった。

彼が聞いたはずの言葉も、数時間もしない間に別のものに

なっていた。

どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか、不確かな日々を

彼は、過ごした。

彼は、少しでも現実を取り戻そうと必死に様々なことを

確認し、メモに残した。

それを嘲笑うかのように、彼が確かめれば、確かめるほど、

それらは、次々に違う言葉に変えられていった。

もう彼の周囲には、彼を支えるひとかけらの現実も

残っていなかった。

彼が触れるものは、すべてが砂になった。

彼が意識を向けるものは、すべて消えていった。

彼は、自分自身の記憶を疑い始めた。

真っ直ぐなはずの線が、静かに波を打ち始めた気がした。

彼の視界に、真っ赤なカーテンが降りて来るのが見えた。

世界が閉じられていく。

やがて彼の周囲の全てが、真っ赤に染まった。

それでも、まだ、彼は、世界のどこかにいた。

突然、彼の世界から右半分が消えた。

激痛と共に、ありとあらゆる気配が一瞬で消えた。

彼は消えた世界を探して、必死に腕を伸ばして自分を確かめる。

しかし、そこにあるものは、無機質なゴムみたいなものだった。

彼は、遠のく意識の中で、これは、何だろうと思った。

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