彼の物語(義父)

彼が亡くなった時に絶対に触れなかったアスペクトがある。

一番最初にカードを引いた時点で、自らではないと確信を

得たのではない。

訃報から最初に引いたカードで感じたのは、とてつもなく

気持ち悪い何かだった。

だから「自らではない」ではなく「他なのでは?」と感じたのだ。

しかし、このようなカードと触れなかったアスペクトは、対立

しているようだった。

どちらも正しいと思えるのに、そこには、深い亀裂があった。

この亀裂は、彼が自身の身に降りかかる冷遇に耐えながら

埋めてきたものだと考えたが、綺麗に噛み合わない。

カードを通して見た恐ろしく気持ち悪い何かは、そんな個人的な

スケールのものでは、なかったからだ。

カードを通して見たものは、彼が放り込まれた事務所を通して

繋がっていたと言えば、簡単に思えるけれども、彼が見せてきた

イマジネーションは、彼が愛した国と他の国の大きな争いが

終わった前後から、ほぼ現在に至るまでの謎の時間だった。

もちろろん、そんな途方もない量のイマジネーションを一気に

見ることは、出来ない。

霊的には、一気に見たのかも知れないが、イマジネーションが

絵として理解出来るまで約二週間くらいを要した。

彼は、それに消されたと言いたかったのかも知れない。

しかし、それは、時間的にも空間的にも人間ですらない。

一人の人間の寿命で足りないわけでもないが、それ自体が彼を

連れ去って事務所に閉じ込めたり、偽りのアリバイを作ったり

したわけではないし、ましてや、愛に飢えた彼を優しく慰めたり、

理不尽な活動に疑問を抱く彼をなだめたわけでもない。

それは、まるで多くの人面が張り付いた巨大な甲羅のようなものだ。

本当に誰かの血肉を食らっているのは、その甲羅の持ち主だ。

彼が亡くなった時に触れなかったアスペクトが表していたのは、

彼を取り巻く環境を手足のように使う甲羅の持ち主だった。

彼が、いくら甲羅に張り付いている人面と話し合っても、それぞれが

異なることを話すばかりだったから、彼は彼らを嘘つきだと思ったが

体は、甲羅で繋がっているのだから、それは当然だった。

彼が想定したよりも多くの顔が、その甲羅には、張り付いていたのだ。

それでも彼は、自分らしく生きるために思い切って勝負に出た。

誰にだって忍耐の限度と言うものがあるが、それ以上に信用に

値しないと彼は甲羅に貼られた顔たちを判断したのだ。

彼が人面が無数に貼られた甲羅の持ち主のことに気が付いたのは、

亡くなった後かも知れない。

だからこそ彼個人のことではなく時間や空間の在り方が個人では、

あり得ないものを見せてきたのだろう。

それでも彼が改姓に踏み切ったのは、その甲羅の中に義父の顔が

あることに気が付いたからだ。

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