彼の物語(弔いの灯り)

生き辛さの原因は、必要な愛が得られないことだ。

何故、そんな環境に生まれ落ちるのかは、誰にも分からない。

そして分からないままに愛を求める。

子供にとって愛とは、安全で温かい居場所を提供

してもらえることだ。

愛を得られないと言うことは、寒くても薄着で

放り出されて、空腹でも満足な食事もなく、あっても

冷めた出来合いのものがあるだけのような、そんな

暮らしだ。

多くの人は、愛は、もっと抽象的なものだと思うかも

知れない。

しかし、そんな観念的なものでは、子供は、満たされない。

安全な居場所と温かい食事が必要なのだ。

彼は、人生のかなりの時間において、そのようなものを

与えられずに過ごした。

愛されなかった人の運命がなかなか好転し難いのは、愛を

求める心を利用しようとする人間が寄って来易いからだ。

そして自分自身も愛を探してしまうからだ

愛を求めてしまうからだ。

愛があるように見せてしまうからだ。

最も悲しい運命を辿るパターンは、自身が得られなかった

愛を他人に与えようとしたりする場合だ。

彼は、自分自身が辛かったからこそ、他者に与えようと考えた。

与えるべきでは?と考えた。

彼の母親は、最も効率良く彼がお金になる場所に彼を

預けたつもりかも知れない。

実際にかなりお金になったかも知れない。

愛を知らなければ、愛のない環境にも耐えられてしまう。

しかし、彼にとって事態は、もっと悪くなっていたった。

ある人物が現れて、彼を見えない鎖と柵で、彼を閉じ込めてしまった。

彼は、優れていたし、美しかった。

簡単に言えば、お金になる人材だった。

ひたすら卵を産むために狭いケージに閉じ込められた鶏のように

自由を奪われ、ひたすら、お金を産み出す装置に繋がれた。

もはや生き物ですらない視点である人物は、見ていた。

そして似たような人間たちが、彼に個人事務所という小さな箱を

与えて、本当に金を産み出す機械にしてしまった。

そうすることで、ある人物は、彼を殴って働かせるよりも、より

効率良く金を得られることに気が付いた。

見えない機械に繋がれてふらふらになって立ち上がることが

出来なくなるまで働かせるのだ。

彼の商品としての性質上、一方的に搾取されるような状態が

大っぴらに目に見えるようなことは、なかったかも知れないが、

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、彼を家畜のように扱った。

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彼は、自分自身が精一杯努力することでささやかな個人の尊厳を

保っていたけれども、金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちの

欲望は、どんどんエスカレートしていった。

次第に彼のことを同じ人間だと思えなくなっていったのだ。

美しく優秀な装置を都合良く使う視点でしか、彼のことを

見ることが出来なくなっていった。

彼は、妥協することなく頑張り続けたからこそ、自分自身が

繋がれた環境に愛がないことにやっと気が付いた。

しかし、その時には、既に彼は、金を産み出す装置として

必要不可欠な「モノ」にされていた。

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、彼を人格を持った

人間として見ることが既に不可能になっていた。

金を産み出す装置が安全に機能し続けるように監視を始めた。

工場に監視カメラがあるようなつもりだったのだろう。

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、金を産み出す装置に

監視カメラを付けるのは、特別なことではなかった。

彼は、その時でも愛の意味は、理解していなかった。

安全で温かい居場所と食事を与えない母親を愛していたからだ。

彼は、愛よりも自由を望んだ。

しかし監視カメラは、金を産み出す装置が壊れ始めたと考えた。

金を産み出す装置には、機密情報も詰まっていた。

優秀な装置には、特許の一つや二つあるものだ。

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、装置を処分する

ことにした。

機械だから読経もあるわけがない。

ただ運んで焼いただけだ。

機械だから、装置だから、

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちが彼を弔うわけがない。

彼らは、故障し役に立たなくなった装置を処分しただけなのだ。

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、彼を弔う大勢の人間が

いることを知らない。

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、弔いの言葉を

ノイズのように感じているが、それは違う。

命を弔っているのだ。

彼が発した一つ一つの言葉や動きを追っているのだ。

それは、成長していく彼の背後にあるべきだった愛の眼差しだ

ということを

金を産み出す装置に彼を繋いだ人間たちは、決して

理解出来ない。

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