スピリチュアルな観点から考える死の選択

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時代の変わり目は、運気が上昇するために必要なものだけを

残して連れていけないものを吐き出そうとします。

そのような雰囲気を吸い込むと意味も分からずに疎外されている

気分になるかも知れません。

そのようなものを吸い込まないためには、本来の自分自身に

かえって自分らしい呼吸をする必要があります。

呼吸と言っても酸素を吸って二酸化炭素を排出することではなく

本当に嬉しくなることをすることです。

魂が歓喜することを行うことです。

ホロスコープを通して本来の自分自身(魂)を感じる方法

という記事に歓喜するための方法について書きましたが、

このような時期(地の時代から風の時代に変わる)は、そのような

行動スタイルを身に付けていても億劫になる場合があります。

実際に行動に移してしまえば何でこんなにブルーに

なっていたんだろうと後から比較して気付きますから

保険として、やはり定期的に歓喜の行動スタイルを

実践する事が大切です。

誰でもどこかしら繊細な部分を持っていますから

知らない間にネガティブな雰囲気を吸い込むことがあります。

魂の酸素不足の自覚が無くても定期的に呼吸をする事が

自分自身を守ります。

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スピリチュアルな観点から考えると死は、魂の移動の問題で

あって残された者にとって悲しいことではあるけれども

同じ魂を持つ存在としてまったく縁が切れたわけでは

ありませんから、そのことに気付ければここにいる間は

何とか自分なりに頑張ろうという気持ちになれます。

しかし自ら死を選択するとこの移動がスムーズに

いかない可能性があります。

移動に失敗すると宙ぶらりんな状態になります。

無の空間に磔にされたような寄る辺ない存在になる

場合があります。

迷子になって動けなくなる感じです。

灯りのない長いトンネルを思い浮かべて下さい。

ただ真っ直ぐ向こう側に移動するだけなのに

暗くて怖くて立ち止まってしまうのです。

そのことに悲しみ泣き続ける場合もあれば

恐れから怒りや憎しみを抱く場合もあるでしょう。

どれだけ進んでも光が見えないことに次第に

不安になるからです。

実際の移動距離が大したものではありません。

ただ絶妙な長さです。

勢いだけでは先が見えません。

時折通過していく何かに脅威を感じます。

とぼとぼと孤独に歩いて移動するには長すぎるのです。

適切な死のタイミングみたいなものは、ある程度

決まっています。

そのことについて誰もが覚えているわけではありませんが、

肉体の生死は、魂の都合によって調整されているものです。

太陽星座の表す自我が決めることではありません。

私の現実的な価値判断の素になる太陽星座の表す自我は、

その価値観の眼鏡を通して人生を経験するためのものであって

死のタイミングを決めるような難しいことは、出来ません。

ですから出来るだけ死を選択しない方が良いのです。

終わる時は終わります。

生きていたくても終わります。

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