彼の高邁な理想と無意識に愛に期待する気持ちは、
彼の足元に大きな亀裂を作った。
気が付くと、狭い足場だけが残されていて、彼には、
飛び出すしか選択肢がなかった。
墜落してしまえば、亡くなってしまうだろうと考えて怯えた。
仲間になるなら無事に降ろしてやるとも言われたが、それも
地獄だった。
どうみても仲間ではなく、奴隷だったからだ。
彼は、逃れる術がないことに絶望した。
絶望の中で必死に救済を探したが、最早、それは、現実的な
解決策ではなく、精神的な救済だった。
それに最も近いものは、最愛の人の輝きだった。
彼は、聡明だったから、とっくの昔に、その輝きをつかむことが
出来ないことや、その輝き自体がある種の幻想であることは、
理解していた。
ただ、思い出して癒されたいだけだった。
それでも考えてしまう。
もし、その輝きを手に入れていたら、僕の人生は、変わったものに
なっていたのだろうか?
彼は、最愛の人も自分自身と同じように仕事に生きていることを
理解していた。
自分自身が受け取った最愛の人の輝きと生き方や考え方は、まったく
別のものだと理解していた。
それでも、その輝きに触れた時の感動や、遠くから、それを見ていた
日々を思わずには、いられなかった。
今の自分に必要なものは、具体的な救済であって、癒しではないことは、
理解しているけれども、もう打てる手段がないのだ。
彼は、生まれて初めて本当に絶望していた。
具体的な最後の手段が役立たなかった。
もう自分自身の力で未来を切り開くことは、不可能だと悟った。
自分を傷付けるであろう人物、自分を傷付けてきた人物が用意した
梯子に乗って切り立った崖から、降りるしかなかった。
そこには、もっと深い絶望が横たわっていた。
彼を徹底的に傷付けるために用意された闇だった。
一切の光が届かない闇だった。
どんなに叫んでも、声が漏れないところだった。
逃げ出したくても足の腱を切られていた。
闇に言い返したくても喉を潰されて声が出せなかった。
呼吸をすることだけを許されながら、彼の罪について
聞かされていた。
彼が最愛の人の輝きを思い出すことは、もうない。