生き辛い人や自分らしく楽しく生きたい人たちへ「愛はある」と伝えたい

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呪いをかけられたらまずいアスペクトとその仕組み

呪いの外し方(自分自身を守る方法でもあります。)

金星の個性を活かして楽しく自分自身を守ったり願いを叶える方法

これらの記事は、ある意味、続き記事なのですが、本当は

誰にでも純粋な部分があります。

もしまったくそれがゼロであれば悪魔みたいなものです。

個性が異なれば個人として受け入れることが出来なくても

どんなタイプの人でも必ず何かしらあるのです。

それを正義感として振り回して誰かを傷付ければ悪に

なってしまいます。

純粋な部分を妥協すれば、その人自身が消えてしまうのですから

それは個人の問題です。

その人が本当に妥協したら駄目な部分、頑張らないといけない部分

言い方を変えれば、そんなに頑張らなくても良い部分と言うものは、

ネイタルのホロスコープだけでなく、周囲の環境の影響や

トランジットの影響、自分自身のその時の気持ち等々様々な

要素が絡んできます。

しかし自分自身に正直になれば感じられる部分です。

ホロスコープだけに絞ると月が大切と言っても金星期は、

金星がもっと大切になるでしょうし土星期になれば

土星のサイン(星座)がもっと重要になります。

あまり使っていけない言葉ですが、呪いの外し方という記事で

呪いとは、疑心暗鬼の状態を作ることだと書きました。

ですからそれを外すためには、何も信じられないような

状態に陥ることを避けることです。

そのような状態の対極にあるのは、祈りです。

祈りが解決する部分だけでなく信じる気持ちが無ければ

真面目に祈れないのです。

真面目に祈れる人の心を折るのは、無理です。

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亡くなって欲しくなかった人が、自ら死を選んだ場合

身内であれば自分自身を責めてしまいます。

大切な人が二度と帰って来ないのであれば、他の人が

そんな思いをしないで済むようになれば良いなと思います。

他人が信じられないという状態は、常にびくびくした心理です。

必ずどこかに緊張状態を作ります。

例外的に常に子供を疑うことで心理的肉体的拷問と同じことを

されて育った人間であれば、良いことではないですが、馴れが

ありますから他人が信じられなくても月という情緒は、

懐かしい感じすら覚えるかも知れません。

ところが、そのようなタイプの人であっても自分自身を

信じられなくなったら終わりです。

周囲の人がどれだけ励ましてくれても味方してくれても

お金があっても社会的な地位があっても死を選びます。

何故なら自分自身を信じられない心理状態ほど怖さを

実感するものは、ありません。

簡単に不安発作が起こるはずです。

適応障害みたいなことも起こるでしょう。

HSPみたいな形で表れることもあるでしょう。

ただの占いブログなのに心理的な病のホロスコープに

言及してきたのは、自分自身を信じられなくなったら

終わりだからです。

自分自身を信じられたら何度でも立ち上がれます。

ある意味一人ぼっちの方が小回りが利きます。

もちろん味方はいた方が良いです。

しかし自分自身を信じられないと味方は作れません。

ただ依存するだけになります。

自分自身を信じられればほどほどに頑張っていれば

それなりに生きていけます。

しかし自分自身を信じられないからこそ、そのような状況を

変えたくて必死に頑張る人も大勢います。

そのような人には、報われて欲しいと思います。

ところがそのような人の純粋な部分は、利用されがちです。

自分を信じられないことを認めることが出来ないからこそ

純粋な部分にこだわる人間の弱点を狡猾に叩くタイプの

人がいます。

自分自身を信じられないタイプの人で優秀な人は、叩かれれば

もっと頑張ろうとします。

そうすると少しずつ追い込まれていきます。

優秀であれば驚くほど追い込まれてもそれをあの手この手で

克服しますが、やがて力尽きます。

この状態で頑張れば頑張るほど開いたスペースがどんどん

無くなっていくからです。

老獪な相手は、これを待っています。

相手の有効な手段が完全に無くなることを待っています。

完全とは追い込む程度に応じて設定される目標です。

スペースがゼロになった瞬間が、その優秀な人が自分を

信じられなくなるタイミングです。

もうこれ以上、事態を改善するだけの努力は自分には

出来ないと思って心が折れるのです。

このような事態にならないためには、状況を変えるには

どうにかして開いたスペースを作らないといけません。

ここに関しては、ある程度の非情手段は、認めないと

本当にやられてしまいます。

完全に心が折れるまで頑張ってしまえば、どんな人でも

駄目です。

頑張れるエネルギーは、残しておかないといけません。

それが少なくても多く見せる技術も沢山あります。

そのようなことに頭が回るくらい気持ちを残しておけば

最悪なことには、ならないものです。

呪いの目的は、あの手この手で誰かを疑心暗鬼な状態に

追い込み、最期は、自分自身をも信じられなくすることですが

誰もが読むことが出来るブログで、あまり深掘りすることも、

この言葉を多用することも良くありません。

そもそも使わない方が良い言葉です。

人のネガティブな部分がそのような性質を持ってしまい

悪い影響を与えようとしているもののメタファーとして

妖怪という言葉を使いたいと思います。

理由や形は、どうであれ最終的には、自分自身を信じられるか

どうかの戦いです。

そう言った意味では、追い込んで来る相手は、自分自身の影です。

これにがんがん立ち向かえば能力の範疇を超えた時にいずれ

倒れるだけです。

開いたスペースを創ることが大切です。

人の個性によって様々な妖怪が寄って来ます。

妖怪だって生き物ですから良い思いをしたいのです。

しかし私たちの自我は、妖怪に負けるようでは

楽しく生きることは出来ません。

基本的に封印して祀ることになります。

これに関しても妖怪専用のスペースを作ってあげるから

出来ることです。

妖怪だから叩き潰してしまえでは、前述の弱者を追い込む悪い人間と

同じことになります。

つまり機会があれば誰かに同じことをする人間になります。

これを同じ穴のムジナと呼びます。

そうではなく自分なりに楽しく生きていくために

自分望む状態の良い部分を感じながら生きていくために

適切なスペースを創ることが大切です。

「創る」という漢字を当ててみたのは、けっこうクリエイティブな

行為だと思うからです。

これからは、このようなことを多くの人と分かち合っていきたいと

思います。

ここで固有名詞は出しませんが、新たに開いたスピリチュアルな扉を

どのような形で具体化していくべきか、ずっと考えていました。

先日は、神社に参拝して先祖の墓参りに行ってきました。

そして何となくこういうことをしようと思いました。

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